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Updated   
2019.10.05 (Sat)

残虐な男を前に、母は弱し。いと弱し。

 

例の「目黒」での5歳児虐待殺人事件の首謀者であった継父の公判が始まり、なお いっそうの詳細な経緯を知るにつれ、うちの親父との共通点が思い当たって、いやがうえにも愕然としている きょう このごろだ。
私の生育環境も、いまなら間違いなく、「児相」からの偵察が来て当然な範疇だったから。

 

さて、

千田さんと言ったっけ、どこかの大学教授さんは、あくまでも「DV男」に ひっかかった女・母親の肩を、一も二もなく持っていらっしゃるが、

子の立場での経験者でもある私としては、正直に言って、かなり甘いのでは?と思っている。

 

「ああいう男でなければ、母親だって、あんなことには ならなかった」
ということを主張しておられたようなので、先日のエントリーでも、
だったら、それは やはり、「男しだい」ということになるよ?
と指摘したとおり。
日本で「元気」なものとは?

 

なぜなら、

あのテの男と ひっつく女はね、基本的に、男に弱いのよ。

並はずれて気性が激しく、プライド剥き出しだった うちの母親でも そうだったよ。

 

あの事件のほうの母親は、恐れのあまり、亭主に逆らえなかった、ということらしいが、

どうも、そんなに気が弱いばかりのタイプでは本来ないんじゃないのかな?

というふうに、私は思ってるんだけど。

 

法廷での言動や態度にも、ちょっとクサい芝居がかったものを感じるし、

しかも、そういう面は、もし、うちの母親が、同様の事態が発覚したのち、こうして、裁判の場に引き出される状況になったとしたら、やっぱり、あの母親である被告と似たような、いや、もっと大げさに、「悲劇のヒロイン」として演じ切ろうとしただろう。それも、自覚なく。

と言うか、

自覚を恐れていたふしも あったから。

 

 

うちの母親が、まさに、そうだったんだけど、

「こんな男だからこそ、わたしが必要!」

とヘンな信念もって ひっついたケースも、世のなかには多いかもしれないよ。

実際、あの人は、結果的には、最初の夫とのあいだに もうけた娘よりも、私の父親のほうを選んだよ。

 

 

それと、

「目黒」での虐待殺人事件において、犠牲となった5歳児の身体には、
なんと、百何十ヵ所もの痣や傷が見受けられたと、
救助に入った人の証言が あるのに、これを、くだんの母親が「知らなかった」なんてことが ありうるだろうか。

主犯である亭主のほうも、
どうも いわゆる「根性焼き」じゃないか?という、被害者の足裏の無数のケガについて、やっぱり「知らない」と主張してるんだってね。

母親は、「添い寝」もしてたと言うんでしょ?不自然です。

ごく狭い住居のなかで、

来る日も来る日も、亭主が、幼い娘を痛めつけていたのを、厭でも知らないはずが ないよ。

 

 

あとね、

主には継父が義理の娘を、性的に暴行していたという事例も、世間では けっこう少なくないようだが、

こういうことって、個々の一般家庭のなかにおいても、じつは、少なくないのだという指摘が、すでに あるけれど、

うちでも、それに近いことは あった。

 

私の父親違いの姉は、17歳で出産した。

幼い頃に、私らの母親と別れ、姉は、むこうの父親らと生活していて、
(母親のダブル不倫という)事情が事情だから、私らとは、ほぼ音信不通状態だったのだけれど、

年月を経て再会した姉は、ひどくグレてしまっていた。

 

姉の生育環境も また、酷いものが あり、グレるのも無理ないと、私は、いまでも、姉が不憫なのだが、

どうしたものかと、姉の父親らも お手上げ状態となってから、実の母親の家庭である私らの所へ泣きついてきたカタチになった。

 

そんな姉が、その後、いわゆる「できちゃった」というので、中絶が可能な時期も逸しており、スッタモンダのすえ、
どうにか こうにかで出産前後、うちのほうで、私にとっては甥に あたる あかんぼうと共に預かっていた。

 

私らの母親は、ここぞとばかり やかましく、孫である あかんぼうの育児のことについて、姉を指導・叱咤し、特に授乳については、だんぜん母乳を!と、
いつものことだが、なかば命令のように勧め、実行させていたのだが、

あるとき、少々の酒が入っていた親父が、隣室にて、息子に授乳中の姉を覗き込み、それに気づいた姉が、小さな悲鳴を あげるようにして不快感を示したので、母親が、親父を たしなめたという出来事が あった。

ずばり言って、あのとき、親父は、イヤラシイ雰囲気だった。

そのことを考えると、

もし、私らの母親が、最初の頃に望んでいたという、姉を連れて、親父の連れ子や、私ともども一緒に育てるということを実現させていたら、

やっぱり、姉は、義理の父すなわち、うちの親父に、性的な面も含めて、いろいろと厭な思いを したであろうと確信せざるを得ない。

 

幸か不幸か、離れて育ったからこそ、長じて再会してのち、うしろめたさもある親父としては、それなりに、気を遣い、可愛がったところも あるので、姉も、親父を好きで いられたのだろうと思う。

なにしろ、姉の実父という者も、これまた、親失格の体たらくだったそうなので、よけいに、うちの親父のほうが幾分かはマシと思えたらしい。


それでも、
初めて、親父と対面した幼い頃、
「知らないオジサンが、うちの おかあさんと、、、」
と思ったそうな。

 

 

さて、私自身も、二十歳前後になった頃だったか、
入浴中を何度も、親父に覗かれるということが あったので、たまりかねて、母親と二人きりのときに、それを訴えたことが ある。

 

しかし、

意外なことに、母親の態度はハッキリせず、煮え切らない、曖昧なものだった。

あれほど、気が つよく、間違っている!許せない!となったら、徹底的に抗議する性格なのに、

あのときの母親の、なんとも形容し難い、複雑な表情。。。

案の定、自分の亭主に、このことについて何も言えなかったようだ。

 

 

むかしの実家も、親父の借金やら親父側の連れ子である義姉や義兄の進学に際し、家計の逼迫ゆえ、私の母親が、長期にわたって、親戚宅に滞在して働き、
いずれは、亭主と離婚するためにも、資金を溜める目的を秘めて、不在だったあいだ、

私の態度が、親父の気に入らないという理由で、丸めた新聞紙か何かで、いきなり、頭を叩かれ、そのとたん、大量の鼻血が噴き出し、
そのあと、部屋じゅうを ひきずり回されたことも あった。

 

その間、

さも嬉しそうに、ニヤニヤして眺めている義姉(←親父のほうの長女)の、なんともイヤラシイ顔つきも、視野の片隅に入った。


ちなみに、
かなり年齢が離れている この義姉に、子ども時分の私は、性的ハケクチにも利用されていた。
「自己愛性人格障害者」の特徴であるとも聞いてるが、義姉は、女には めずらしいほど、性欲はなはだ つよいタイプでねw

このことを知っているのは、ただ一人だけ。
打ち明けておいたことのある、母親のほうの姉のみ。
他の誰にも言ったことは ない。

なお、
根が嫉妬深く、ファザコンの母親は、自分の亭主と、この、自分と年齢が近い義理の娘との あいだの(心情的)関係性を疑っていたりした。

 

助けてくれる者は、誰も いない。

 

親の知らないところを狙って、いろいろと、私に対する侮辱やイヤガラセを はたらいていた義姉は、結婚と出産後、問題行動を激しく起こすようになり、「自己愛性人格障害」という診断が下ってから、たいへん長い。

 

 

ただ、
うちの両親でも義姉や義兄でも、では、カンペキなる悪人かというと、そうとも言い切れない面が少しは あるから、こちらとしても些か複雑な心境になってしまうのだが。。。

現実の生活って、往々にして そんなもんよね。

 

【続く】

 

 

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Updated   
2019.10.02 (Wed)

2週間以上も前の記事になっちゃったけど。

天王寺動物園の「ヒデヨシ」死ぬ けんかで腹刺される
9/12() 20:13配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190912-00000072-asahi-soci

 

『エランド』という種名が あるのは知ってたが、
コメントに あった
「牛は序列が厳しい」というのは知らなかった。

言われてみれば、牛って、意外と怒りっぽいみたいだもんね。

煽りまくってワザと怒らせる「闘牛」ってのも あるけど。

 

もちろん、動物の世界の「上下」意識って、たしかに、人間が日常的に飼っているペットなんかにも見受けられるし、

動画で観察していて、気づいた、猿の社会の序列なんかも、以前から言ってきたように、凄まじいものが ある。

 

「動物は人間と同じ感情を持ってるのが分かる」

というコメントも、そのとおりです。

それも これも、肉体あるがゆえですわね。

「喜怒哀楽」の みなもと。

「これが自分」

という確信を齎す、物質こそが かたちづくっている生命体を保全し続けたいのは、否応ない「本能」的な欲求なので、これを脅かされると感じたら俄然、立腹し、あれこれの攻撃に出るわけで。
圧倒的に分が悪いと感じたら、フリーズしちゃう場合も あるが。

 

はっきり言って、「自由」だの「自由意志」だのは、ないというのが実態だろう。

認めたくない向きも多いかもしれないが、最も多いのは、そもそも、そこまで思考が及んでない人々。

 

皆、それぞれの「肉袋」のなかから、小さな穴を通して、周囲を見ていて、苦痛や攻撃から防御せずにいられない この守りたい肉袋こそが「自分」だと信じている。

 

そういう状態から抜け出たいがために、「肉袋を超越」しようと、特に宗教なんかで、いろんな「修行」に励んだりもしてきた。
肉体ゆえの煩悩が激しい男性は特に。
究極は「即身成仏」なんてね。

 

 

で、

「エランドの器の小ささが招いた」

「かっとなって刺してしまいました」

ってコメントも、ついフいてしまいそうになったけど(苦笑)

結局、これ まさに人間(特にオス)界の争いごとの殆どでもあるもんね。

 

 

たださぁ、

クラゲ(ふわふわ漂ってる感じのアレ)には、脳というものが ないと聞いたときはビックリしたなあ。

 

人間なんかは特に自己防御に際して、今こそ脳をフル回転させねば!とリキみそうなもんだけど。心臓もバクバクしたりね。

 

思えば、クラゲの「傘」の動きかたって、心臓の拍動みたいな感じが するとは思ってたが、それは、やはり、そういうことらしい。

 

水流に乗ることが できずに、そのまま、水底に沈んでしまったとなると、自力で泳ぎ抜こうと力んだところで、もはや「傘」の開閉が困難であるから、じきに疲れて死んでしまうらしい。

それ、わかる気が するわ~。おや、あなたも?(苦笑)

 

詳しくは知らないけど、クラゲの場合、神経網の反射だけで、生体としての活動を まかなっているそうな。

まあ、われわれだって、勝手に反射する機能もあるし、心臓なんか、まさに自動的に動いてるもんね。

これには、「電気」が関わってるよね。

私は むかしから、「電気」の摩訶不思議さのことも考えていたけど、

剥き出しの心臓そのものみたいなクラゲは、原始的でありながら、脳も ないから煩悩も ない、らしい。

もしかしたら、これこそは最高度に進化した生体なのかな?とも思わせる、意外なほどの不思議に満ちている。

 

 

毎度のごとく、話が飛んだけど、

ところで、

この動画、オモシロいよ()

 


 

「おい!!こっち見ろよ!!シカトしてんじゃねーよ!!」

 

さんざん、自分よりも大きいラバ(であるらしい)相手にケンカ売っておいて、

たまたま、ラバが尻尾を振りたて、
それが、自分の顔面に ちょっと当たったとたん、思わずビビリまくるヤギw

気が強いんだか弱いんだか、どっちやねんww

 

われわれが、なんとなくイメージしているヤギや羊とは違う実際が あるのだねぇ。

 

うちの母親が子どもの頃、近所で飼われていたか、学校で飼われていたのか、詳細は忘れたけど、羊の世話を した経験が少し あるように言ってたが、まず、

「羊ってなあ、ちーっとも可愛くないんやで!」

と言い切っていた。

 

なんでも、外見からは想像できないほど、プライドが大変に高い動物だそうで、

餌やりの時間が、ほんの少しでも遅くなると、猛烈に拗ねて、そっぽ向いたまま、金輪際、餌のほうを見ようともしなくなるんだそうな。

あんな頑固な動物は、他に知らんわ、と言っていた。

 

 

私も大阪の子では あるから、『天王寺動物園』には一度くらい行ってるはずなんだけど、まだ学校に上がってない幼い頃だったみたいで、よくは覚えてないのだが、

晩年の母親が長期入院していた大きな病院の近くでも あり、いっぺん、また行こうかなと思いつつも、そう思えば、いつでも行ける所って、意外と、なかなか行かないのよね。

まあ、そのうちに、って思ってるうちに、月日は流れて。

 

たまにしか行かない土地だからこそ、あっちも こっちも、と欲張って見ておこうとするもんで。

 

あかんぼの頃から小学生時分までは毎年、親戚の居る東京に行ってたので、もちろん、あちこち遊びに行ったし、十数年ほど前までの神奈川県にも馴染みは あったので、どっちかと言えば、むしろ、大阪のなかのほうが、いまだに疎い場所が多いかもしれないくらいだ。

 

たしかに、このニュース記事の添付写真を見ると、くだんのシマウマが立っている草地が、大阪の特に騒がしい街の ど真ん中に立地しているとは信じられない光景だけど、

そう言えば、こんな動画も あったよ。

これも、「お気に入り」に加えてあったのを思い出し、再度の紹介です。

『いつも笑顔のシロフクロウ

 

 

Updated   
2019.09.30 (Mon)

ガッコもショーバイも抜け目なく?w

 

まあー、たいしたもんですよ。

 

日本における「抜け道的」制度を目いっぱいに利用し続けてるからこそ、ということだけど、

(日本の統治時代に、かえって逼迫した層も多いという)祖国での生活が苦しかったために余儀なくであろうか、『ソフトバンク/ヤフー』孫さんとこは、大昔の御先祖のルーツが中国大陸にあったらしいというのは、それは そもそも、ほとんどの朝鮮人が そうであるらしいが、祖父母の代になって、今度は日本へ密入国したという、そして親御さんの代から「典型の三拍子」そろった(M・S・P)商売で、ついに、ここまで来た。

スゴいよね、『ソフトバンク』の社長さん。

 

日本の場合、帰化申請がスムーズに通るのは そうとう珍しいとか聞いていたので、そもそも密入国してきた家の人が、よくまあ帰化できたなあとフシギだったんだが、やっぱり、実業家として大成功した おかげなのかね?よく分からんけど。

 

何やら、
とにかく日本と日本人からは搾り取れるだけ搾り取るのが「正義」!
みたいな感覚が、朝鮮半島の人々や、その同胞の人々には存在するとかも聞いてるけど、

ますます、『ヤフー ジャパン』に料金支払うの やめたくなったわw

 

まずは、
いいかげんに、悪名高き「ヤフゴミ捨て場」という社会問題の温床を どうにか してよ()emoji

 

法人税逃れ大国ニッポン 消費増税で内部留保463兆円のカラクリ〈週刊朝日〉9/26() 8:00配信

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190925-00000015-sasahi-bus_all

 

 

お次は、またまた騒いでおります、

朝鮮学校の付属幼稚園も無償化を 保護者ら会見、「除外おかしい」
9/26() 18:40配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190926-00000159-kyodonews-soci

 

いやいやいやw

「日本人と同じく税金を払ってるんだから」という主張は、ちょっと通らんと思うぞ。

自分の家じゃなく、他人の家を借りてる立場なら、「賃料」を払うのは当然という話でしょうに。

まあ、それでも、私個人としては、それも これも鷹揚に認めてあげられたら、そのほうがステキじゃないかなとは思ってるけど。

 

なんだかんだ言っても、本音は、やっぱり「カネメ」じゃないの?ww

もし、とっくに真逆になってしまったらしい現状と違って、いまでも、祖国の首領さまだか将軍さまからの深い慈愛の親心で、潤沢な支援を寄せ続けてくれていたものならば、おそらくは、

「われわれは、日本の世話に なっておらん!!これからも、日本の世話になど なることなく、あくまで自主独立の誇り高き わが民族の精神を もって、子女の教育を行なっていく!」

とか なんとか、

せいいっぱいプライドの高さ剥き出しにせんばかり、高らかなる宣言したんじゃないかしら?w

正直言って、こと『朝鮮学校』の場合は、どうしても、そんな感じが つきまとうんだけどもなww

 

どんな内容の教育でも、受ける権利?

 

 

最後に、

関西電力32千万円“裏金” 今年3月に出回った告発文書【独占入手】〈週刊朝日〉9/29() 15:30配信

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190929-00000014-sasahi-soci

関電32千万円“裏金” 疑惑の”影の町長・Mさん”が生前、記者に語った言葉今西憲之2019.9.28 12:33週刊朝日

https://dot.asahi.com/wa/2019092700115.html?page=1

 

今回の『関電』大疑獄発覚。

あの『日産』を連想したのは、私も同じ。

そして、

いまは廃止されていて、「副」が付く程度の、たかだか地方公務員扱いである「助役」という地位に、どれだけの権力が あったの?という疑問が真っ先に湧いたが、

言われてみれば、地方、特に田舎だからこそ、その土地や地域の「(隠然たる)声が大きい」者を無視できないという現実は あるのだろう。

 

私個人の周辺でも、いるのよねー、
町内の「顔役」みたいな立場を自任していて、
その しょうもない「小虎の威」の そのまた毛皮の切れ端を借りるが如くに威丈高な、かつ、ありがた迷惑な動きを率先して やりたがるタイプってのがさ。

 

宗教組織が典型であるように、人間社会では、こうしたカラクリが あり、こうした手合いが いるから、「小虎」の毛皮の切れ端程度だったものが「大虎」の毛皮になり、

ついには、「エホバの名を みだりに唱えるべからず」になっちゃうw

 

うちの母親なんかも、ある意味で俗悪な価値観を持って、積極的に活用しようとするタイプだったから、この手合いの見本は、母親の交流関係を通して、自分の身近でも見てきたけど。

フシギなことに、どういうわけか親に似なかった私は染まらなかったの(苦笑)

 

 

さて、

「金持ちは、悪いことしてるからこそ金持ち」なのだという、従来から ある穿った見かたが、またも、という見本。

今回の大問題の発覚も、記事を読んで、やっぱりな、と思った。

それこそ「日本全国津々浦々」で蔓延ってるのでしょうよ。

 

そう考えたら、
この狭い島国に、異様なほど たくさんの原発施設が、いつのまにか設置されていたことの理由も垣間見えてくる。

 

くだんの もと「助役」森山氏という御老体が亡くなった直前か直後なのか、こういう告発が出た時期にも、非常に「闇」を感じさせるのだけれど、内部の勢力争いも絡んでるのかしらん。

 

「お客さまから頂いている電気料金で賄っている」

ええ、そうよ。

 

うちでも、つい2、3年ほど前の電気代の告知兼領収書を保管してあったのを、たまたま、今年の電気料金と つき合わせてみたら、
使用量は さほど変わらないのに、料金は、えっ?と言うくらい上がってた。

いいかげんにしろよぉemoji
「上級国民」だか「既得権益層」だか知らんが、こういう連中が、「努力」とか「自己責任」とか言い散らして、ネットでも御用メディアでも、カネと息のかかった手下を使いまくり、
さも、これが「世論」!のフリして、庶民や弱者叩きしてるんだろうよ。

腹たつわあ。。。emojiemoji

 

ま、特に原発が絡んでるってことは、結局、国と現政府も絡んでるんだろうな。

 

 

Updated   
2019.09.25 (Wed)

――硬直する日本――の続き。

 

まあ、正直なところ、きっちりと決まりきったことを好んで拘る人の気持ちを全然、理解できないわけじゃないんだけどね、私とて。

それでも、
自分の部屋や自宅で、とかなら ともかく、ハタに迷惑かけてまで拘ることじゃないだろうに、と思ってたもんで。

 

ところで、

こないだは、宇宙分野にも関連した内容の記事で、誰かが投稿したコメントに、例の「シュレーディンガーの猫」が、とか「エントロピー」が云々という話題が出て、「高エントロピー」だとか「低エントロピー」だとか言ってるので、思わず、うちの両親を連想した。

 

親父のほうは、部屋が かたづいていないと、猛烈にイライラする性格なので、整理整頓にはマメだった。
あの投稿者たちの遣り取りによれば、まさに「低エントロピー」に分類されるんじゃないかとw

母親のほうは正反対で、散かってるほうが落ち着く!と常々主張していたので(多分に掃除がメンドクサイことの言い訳だがw)「高エントロピー」かよwと。

 

私自身はと言うと、
30歳代なかば頃までは、父親に似ていたのか、やはり「低エントロピー」だったのだろうw室内などの状態に関してだけは、親らに文句を言われたことは なかった。

ただ、親父は、整理整頓さえ できてたらオッケーで、清潔かどうか、衛生面については、わりと無頓着だった。男性に わりと多いタイプかね?

母親のほうは、これまた逆で、清潔に関しては、かなりウルサイのだが、散らかしっぱなしの状態が、まさにエントロピーよろしく増大していくw

私は、まさに、あいだを取ったごとく、清潔にして整理整頓が行き届いていると言える常態だった、はずなのだが、、、

 

ところが、

病気やら介護やら多忙の時代を過ごすうちに、いつしか「高エントロピー」状態()へ変化したのか、

いや、所により「低エントロピー」と「高エントロピー」が入り混じってるようになった。

こういうのは、どう判断すべきなんだろうか?w

まあ、けっこう ややこしい学説なので、私も、よくは分かっとらん(苦笑)

 

 

で。本題に戻ると、

計算ミスが減る」という事実をもって、定規を用いて筆算の線を引く、ということの理由であるのなら、それは一つの理由としていても いいと思うけれど、

私も、むしろ「計算のリズムが崩れる」というほうに実感が あるようには思う。

 

まあ、あくまで形式だろと思うような作業は、肝心の目的を終えてから、まとめて最後に かたづけちゃう、という やりかたを、私自身も、よく やるほうなのだが。

そのときは、せっかくだから、いちおう終えたものを確認しながら、
の つもりで やる。

でないと、しょせん無意味と思っているからこそ一気呵成に まとめて やってしまおうとする作業ほど、ミスを誘発し易いものだから。

 

 

ま しかし、

くだんの記事中の小学校教師たちの言い分は、ほとんどコジツケと言うか疑いたくなる胡散臭さと言うか、何か宗教的手続きめいてるねw

 

肝心の目的は何ですか?

 

きちんと理解して、解答を出せることでしょ。

 

教える側自身が、不確かなのに、どうして、子どもに教えられるのよ??w

 

「うちでは、とにかく、そういう仕来りになってるので」という押し付けは、むしろ、成人や社会人だから、角を立てて、居辛くなるよりはと、曖昧なまま「面従腹背」という芸当も敢えて やるけど、

以前にも言ったことあるように、

おとなの殆どは忘却してるんだろうけど、
多くの子どもは、案外と、ちゃんと筋の通ったリクツを好みますわ。

 

特に、かなり以前から、他人さまの子どもたちを眺めていると、頭ごなしというのを嫌う傾向が つよくなってきてる感じが していたんだけど、

それだから ますます、おとなの つごうで拵えた管理ルールを呑み込ませることになり、昨今の、異様なブチ切れ事件を起こすまでは、むしろ、キモチ悪いくらいに従順で おとなしい良い子が増えてるんかなあ?とも感じる。

 

 

だいいち、キレイな線を引くためにとかで、本来のこととは別の作業を、いちいち挟まなくては ならず、そのたびに中断してたら、思考集中してるときこそ、気が削がれてしまう、これは、私にも実感あるな。

 

特に小説の読書なんかでも そう。

私は、どんなに長編でも、まずはイッキに読了する。時間が かかっても、大概は最長3日以内。

きょうは ここまで、とか、一日に何ページだけ、という、お行儀良く理性的な読み進めかたが、どうもダメ。

そのかわり、
一度は読み終えたものを、あらためて、今度は ゆっくりと読み返す。

すると、イッキ読みしたときとは別の感想やら新たな観点が立ち上がってくるのが、また興味深かった。

もちろん、第一印象や最初の感想と変わらないことも多い。

 

これでは、徹夜したり、それこそ「寝食を忘れて」という状態になりがちなので、学生時代は、しょっちゅうだったが、さすがに、社会人になってからは、やっぱり、ムリ。

 

 

「ノートの とりかた」ということについては、教師からの評価が高かったという理由で、「カラフル ペン」多用というのも、程度問題です。

ゴチャゴチャして、かえって分かり辛くなることも あるよね。
実際、私の学生時代も、怒る教師が いた。

 

知ったふうなこと言ってるコメントもあるが、仕事での「プレゼン」にしても、そんな小手先の誤魔化しは効かないよ。

 

えてして、芯から分かってないからこそ、そんな自分のオツムを整理しようとする気持ちで、殊更きれいに清書したくなったりするもんだ。それで、なんとなく、いちおうは理解できたような気になったり。

 

ほんとうに、隠された重要な意味が潜んでいるのなら、わけも分からぬ繰り返しの積み重ねのなかで、ある日、ふと、ああ、そういうことだったのか、と気づくことも あるだろうし、ルーティン作業が、その他をスムーズに進めるためにかかせぬ役割であったりもするが、

ほんとうに見かけの形式を整えるだけで、それ以上の意味は ないことである場合は、どれだけ繰り返しても、新たに気づくことは ない。

やっぱりムダじゃんと思いつつ、それでも黙って従えるのは、「気づいた」からじゃない。飼い慣らされた、っていうこと。

もはや、やらないと落ち着かないという症状を抑える機械的儀式みたいなもんだ。

 

だいたいは、そういう類のことは新入りに やらせるから、どの組織でも、下のほうから雰囲気を悪くしかねないし、いつしか、投げやりにもなっていく。

 

 

人間ならではのせっかく便利な小道具を駆使したら良いのは、そりゃそうだと思う。

細かい文字やズラズラと幾段も並ぶ各行の取りこぼしや目の錯覚などの間違いを防止するために、定規を当てつつ進めていくという やりかたは、たとえば、校正作業なんかでアタリマエに やってる。

 

「筆算の線」というのを、手書きするのはダメな理由ってのが、定規で線を引くのは難しいから慣れさせるため、つったって、実際は、フリーハンドのほうが、よっぽど難しいんちゃうの?

記事の添付写真も、方眼ノート使ってるみたいだがね。

(この記事では、教師側から、そういう説明が されたと述べられているのに かかわらず、全く逆なことを決めつけて何度もコメントしてるヤフゴミんも いるぞ。記事を読んでないのか、読解力が皆無なのか、何ぞの目的が あるのか、どれなんだろな?ケッタイなやつw)

 

 

如何なるときも、常に、定規を携行する!これが、『日本臣民の道』ってか()
「定規は、日本臣民の魂!!」(爆)爆)


 

そして、時代や状況によっても、「理由」や「根拠」は、かんたんに揺らぐ。

 

「リクツと膏薬は どこへでも」ナントヤラ。

 

近代の生き証人の一つが、いわゆる「墨塗り教科書」世代だ。

あの世代の怒りも、なかなか凄まじいものが あるよ。

 

 

「なぜ」「どうして」は、哲学のもと。

 

 

Updated   
2019.09.25 (Wed)

定規が好きemoji大好き。

ただし、

ほんとうの本当は、目盛りが付いてない定規に限る日本w

 

目盛りは、おエライ人が好きなように付けますのでねww

 

 

事実、私の学校時分、制服のー、ソックスの丈がーなどと、ほんとうに、先生がたが定規を持って待ち構え、いちいち、それで計ってチェックされてたもんだw

 

しかし、

筆算の線を定規で書くべし、

これって、私が学校時分のン十年前には、さすがに、聞いたこと ない。

私より ずっと下の世代の人たちも、初耳だと言っているコメントが少なくない。

ということは、

いたって浅い歴史なんじゃないのかな、こんなルールは。

誰が言い出しっぺなのかしらん。

 

筆算の線、手書きなぜダメ? 小5160問「書き直し」命じられる 指導の背景は9/24() 9:51配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190924-00010000-nishinp-soci

 

なるほどw

だからなんだ、私の「学力が伸び」なかったのは(苦笑)

 

「悪法も法なり」と言い遺したと伝わるソクラテスを、あほちゃうかぁ?と せせら笑ってた私だものw

 

従容と、とか、「どこまでも、ついて行きます下駄の雪」とか、
したいと思っても、しようと努力しても、結局、できない。私には(苦笑)

 

おらおらぁー、わらわを納得させてみんかい、ほれ、どーした?と、

しまいに、ケツ捲って遁走しちゃうww

(お下品な言いかたで失礼w)

 

 

納得いく説明してくれないなら覚えないemoji覚えらんないよお~;emoji

と ひらきなおったあげく、小学校時代の算数のテストの、あくまで文章題ならば、自分なりの流儀と思考力のみに頼り、どうにか こうにか正解を導き出しては、担任を困惑させていた私は、後年になって、低学年の頃、足し算・引き算するとき、自分自身の手と足の指それぞれ10本ずつでは足りないとて、親や兄らの指まで借りに来ていたオマエというので、さんざん笑われたもんだが、

中学生になったら、病的なまでに数字に弱い私は、数学担当のスケベい教師から「ハクチ美人」と呼ばわれつつも、
なぜか、『集合論』だけはスイスイ理解したので、いつもの「公式の意味を~」と騒ぐことなく、しかし、他は相変わらずなので、しまいに、職員室の教師全員から「宇宙人」と名付けられるまで有名になった。

 

高校生になると、新学期が始まるまで怠けて放置してあった夏休み中の数学の課題を集めるであろう授業開始前夜に、あわてて小一時間ほどで書きあげた小論文が、

「やっつけ仕事まる出しで、先生に激怒されるだろうなあ~」

と恐る恐る提出したところ、想定外にも、数学担当教師に激賞され、全校生徒の前で読みあげさせられたというケッタイな歴史を持つ。

 

もっとも、私よりも ずっと下回るIQだったらしい うちの兄だって、国立大の教育学部を出て、ガッコの先生やってたわけだけど、

もともとの性格は、それこそ自分勝手なルールを主張しては、真っ先に、妹である私に守らせようとしたもんだw

だから、結局は自殺せざるを得なかったわけかな?
本来、そうとうの変わり者だったし。

 

さて、うちらの世代は、
その ずっと上の世代が、ほっかむりして、ヘルメットかむって、「ゲバ棒」とか言う角材を振り回したり、ダイナマイトどんどん!を やらかした その あげく、飛行機を乗っ取って飛んで行ったりといった狼藉を尽くしていたのを、小学生時分に見て、呆れかえっていた反動なのか、「シラケ世代」とか、無気力・無関心・無感動の「三無主義」も通り越し、「四無主義」だ「五無主義」だとまで呼ばれた世代だがw

ただでさえ、うちらの世代より もっともっと輪を掛けて、可哀想なくらい、おとなしくて良い子ちゃんになってしまってるからね、近頃の若い世代は。

 

 

先日のエントリーで、子どもの虐待・殺人事件に関連し、なんだか、化粧だけは やたら上手だが、子づくり相手の選別と子育ては まるでダメ~、みたいな感じの若い母親らの、異様に細かいルールを押しつける亭主の病理みたいなことを指摘しておいたけど、

【続・続】母親は、子を庇うものというのは「神話」。

 

日本の教育界の、
「押しなべて」
「敷きなべて」
という方針は、早急に改め、
権威筋に盲目的で、力ある他者に追随し易い、無自覚な「コマ」や「ミニ ナチス」育成から、自力思考と深みのある議論が でき、それを向上させるための情報の取捨選択力を主体的に培おうとする意欲を伸ばす教育へと切り替えないと、ほんとうに、世界じゅうから取り残されるぞ。

 

それでなくても、日本の企業の低効率、低生産性が問題視されているのに。

コスト カット!コスト カット!と叫び続けて、
とうとう、あらぬ大事故を起こした日本の企業そして、政府。

 

 

もう何十年も前の話で、何かで読んだには、家の壁塗りする場合でも、日本人は、そばに寄って、じっくり眺めても、細かい所までキレイに塗れていることを重視するけど、日本以外の国の人々は概ね、「遠目に見てみて、まあまあキレイなら良いじゃん」という感じで、あまり こだわらないそうだ。

縫製品などでも、日本製の衣料は、縫製がシッカリしてるけど、欧米圏を含めた諸外国では、わりと大ざっぱで普通という話も言われていた。

どちらが良いか、一概に決めつけられないと思うけど。シッカリ縫い上げてある衣料品などに、「メイド イン ジャパン」の誇りを感じないでもないのは、私自身も そうだった。

たとえば、かれこれ20年ほど前に、スーパーマーケットの玄関先で、500円か1000円以下の価格で購入した、ポリエステル素材のカッターシャツ、洗濯機でガラガラ回してきたのに、こんにちまで、ボタン一つも、取れたことが ないほど、じょうぶだ。いまだに重宝している。

けれど、

Tシャツなんかは、縫製がシッカリし過ぎてるのは、かえってイヤだ、ダサい、あるていどヨレヨレになってくるくらいで ちょうどイイのだという感覚を、アメリカだったか外国の人が言ってたのも思い出す。

 

 

ただねえ、

くだんの記事を読んでいて思い出したことの一つは、

とある大企業の重役か経営者という人が言ってたという指摘。

それは、一言で言うと、

「めんどくさがらない人は伸びない」

っていう内容だったのよ。

 

メンドクサがりの私自身、これは意外だわと驚いたけど。

 

たとえば、
新入社員の頃に、まずはコピー取りを、あるていど大量にやってもらうんだって。それで、
横着せず1枚1枚、丁寧にコピーしている場合、その新入り社員は、あまり伸びないな、と判断するんだって。

逆に、メンドクサイから、なんとかイッキに済ませられないものかと試したあげく大失敗しても、そういうタイプのほうが、見込みが あるんだそうで。

へえ~ホンマかいなとは思ったけど、

まあ、自分自身がメンドクサがりの横着者だから、ある意味でホッとしたからというわけでもないけどw

(ただ、私は、「どうせ」という、たとえば、シャツ ブラウスは、着ているうちに、どうせシワが寄るから、アイロンはムダ、というのとは少し違う。)


たしかに、
一代で企業を起こし、成功した父方の実祖父なんかは、猛烈に短気で、怒りっぽい性格だったという人物像について聞いていたことを思い起こすと、頷けるような気もするし、

ひるがえって、私自身の身近での例を たどっても、

こまかく地味な作業の繰り返しを厭うことなく、というよりも、そういう作業をこそ好み、およそ手抜きとか、はしょるということを全くやることなしに、ひたすらにコツコツと こなしていた人ほど、それ以上のことは一切できなかったりしたものだ。

もちろん、それは それで、その人なりの存在価値になり得てる面も あるんじゃないかなと思うんだけども。

 

 

およそ日本の組織が必要としてきた「コマ」どもに、「主体性」だの「考える人」は不要。邪魔。

 

飼い慣らされた効果による「前向き」、

組織や権力にとって好都合の「実行力」「積極性」が望ましいのである。

 

以前から再々言ってきたけど、

「優等生」ちゃんの素質には、降ってきた水分をゴクゴクと吸収する、
あたかも砂の如き素質が備わっており、

それでこそ、
思考停止というツルツルしたベルトコンベヤーの上にスムーズに乗っけていけるんである。

 

 

それにしても、はて?

聞くところでは、「アスペ」とか「発達障碍」の一種に、決まりきった形式を大いに好む傾向が あるんだっけ??

決まりきってないことに遭遇すると、たちまちパニックを起こすとか???

 

 

以前にも言った、「仕事できない同僚だった人」というのが、自席の机に置く物、たとえば、湯呑みとかね、いつも、寸分違えず決まった位置にキッチリと置いてたので、なんだかフシギに思ってた。

 

私みたいに、その人らの分まで背負わされてると、急ぎ仕事の書類やらが積み上がってるから、机上のスペースが殆ど ない、という状況では、置きたい所なんざ、拘って好きなように選べませんわ。

 

先輩のなかには、もちろん、仕事できるタイプの人も いたけど、その人も、私みたいに()お人よしでw

やっぱり、まずは机で作業できさえしたら、それでイイ、室内の どの位置とか、どこの席とか誰の机や椅子であろうと、どうでもイイ、というくらいの多忙だったけど、

そのうちに、ある人から、わたしのボールペンを返してください!と責め口調で言われて、「ありゃりゃ?いつのまに、、、すみませんね」と謝ったりして、どこの、誰の、という区別すらアヤフヤになっていった あげく、

ある日、窓際族の典型的バーコードおじい社員に、理不尽な言いがかりを つけられ、ついには、たまりかねて、号泣しながら去っていった。

 

そのあとは、ますます、新入りの私の上に、仕事がドサドサドサ。。。emoji

 

【続く】