2019.12.01 (Sun)
日本には、もう来なくていいよと言われちゃいそうで?さらば夏の日(笑)
このエントリーも、おおよそ書きあげたまま、長~いこと放置してあったので、季節が完全にズレてしまった。。。
いつまでも暑いなあと思ってたら、急に寒くなったりで、とうとう、久しぶりにカゼっぴき。ひょっとするとインフルエンザかもしんないと思った。
そして、ただいま二度目のカゼっぴき。
さて、いつぞやの過去エントリーでは、子どもの頃、「ピンポン ダッシュ」を やらかしてたくらいの、「ボタン」への、われながらヘンな趣味・嗜好性を挙げたけれどw
これも、むかしからの性向なのだが、どういうものか、名前の、と言うよりも、正確には音韻の感じを受けて、ある種の快さが齎されると、たちまち好印象を抱き、対象へ多少の興味を持つという傾向が、私には ある。
とは言え、
ほぼ日本語の表記によっている感覚なのだから、当該国における実際の発音を聞いたら、印象や感覚がガラッと変わってしまうのかもしれないが、
外国、特にヨーロッパ圏やアメリカの、画家や作曲家、哲学者に対しても そういう傾向が あるので、詩人や小説家であれば、ごく一例を挙げると、たとえばヘルダーリーンとかノヴァーリスとかいった名前を一見しただけで、その著作を読んでみたいと、ほぼ反射的に欲してしまうような、自分でも不可解なほど妙な癖が ある。
ハインラインという作家の名前も、かねてから、なんとなくムシが好くので、いつか読んでみようかなと思いながら、私は、乱読だった若い頃の ある時期から、どちらかと言えば、より古い時代のもの、要は古典から、なるべく優先して読んでいこうという志向を、系統立てて読むということと共に意識して持ち始めたためも あって、くだんのハインライン『夏への扉』は、その他の現代ものや多くのSF小説と同じく、そのまま全く未読だったのだけれど。そろそろ読んじゃおうかなと思ってる。
『夏への扉』
リッキー♪ティッキー♪タビー
今年の暑さが本格的になる直前の頃、
自転車に乗って出かけたとき、なぜか、山下達郎の『ナツヘノトビラ』が、ふと浮かんできて、こころのなかで口ずさみつつ漕いでいった。
帰りは大荷物になり、必死で自転車を漕いでいたら、通りすがりの小道に、猫が現れ、私の自転車に驚いて、すぐ横の植え込みの茂みに隠れた?と思ったら、なぜか、すぐ また出てきたので、バランスを崩しそうになってヒヤッ。
その猫、まさに「タビー」だった(笑)
で、
その後、しばらくした ある日、出かけようとしていたら、ふいに、その猫ちゃんが訪ねて来てくれて、撫でて~と言わんばかりに、そばまで寄ってゴロンと横になったので、最初は遠慮がちに手を伸ばし、「どこの おうちの子~?」と聞きながら、のどのあたりとか撫でてあげた。
毛並も汚れてないし、痩せてもないし、人懐っこいから、たぶん、どこかの家で飼われてるんだろうと思う。
いやあ、何年ぶりかなあ、こんなふうに、ニャンゴに触ったのは。。。
(その後も、また会いに来てくれた
)
このことも、旧ブログか過去エントリーで書いたことが あったかな、
むかし、うちの実家の庭に居ついた数匹のノラの子猫たちのなかでも、ひときわ小さくて病弱の子を、特に可愛がっていたのだが、
真冬の、ひどく寒い ある日、カゼを ひいたらしいと思ったら、あっという間に肺炎状態までなってしまい、いそいで、家のなかに入れてやり、2日ほど看病してみたけれど、どうも思わしくなく、苦しそうにしているまま、回復しそうにない。
もともと、猫が あまり好きではない親らが、「やめとけ!たかがノラなのに」と反対するのを押し切り、近くの動物病院へ、温かく包んでから連れて行った。猫は、苦しい息ながら、包まれた布のなかから身を乗り出し、今ここは、どこ?という感じで、必死に、あたりのようすを確認していた。
動物病院に着いて、診察してもらってるあいだに、あとから、うちの母親も やって来て、診察台に載せられている猫に向かって、この人の いつもの癖でもあった、芝居がかったようすで、泣きながら、声を かけていたが、当の猫は、もの言いたげに、ずっと、私のほうを見つめていた。
…
医院の受付で、「できるだけ、お見舞いに来てあげてくださいね」と言われ、
さすがの親らも、これは もう、うちで飼うしかないなあと諦めたようすで、それならば、ちゃんとした名前を付けてやらにゃあと、候補を幾つか考えつつ、とりあえずは、やれやれだと安心していた。
しかし、すでに遅かったようで、猫は、あっけなく死んでしまったとの連絡が翌朝に入り、
まさに、その猫を案じる心理が表れたと思しき悪夢
(聳え立つ、ぶ厚く白い壁の向こうに行かなければと、通り抜けられそうな箇所を、延々と探し続けるのだが、どこまで行っても見つけられなくて酷く焦っている、そんな感じの夢だった)に うなされつつ寝ていた私は、親に起こされて飛び起き、
顔も洗わないまま、人目も憚らず大泣きしながら、自転車を漕いで、その動物病院へ再び向かった。
大むかしの哀しい思い出だが、いまでも鮮明に よみがえってくる。
人間で言えば、幼稚園児くらいのうちに死んでしまった子猫は、他の子たちよりも小さく、病弱だったせいか、警戒心が つよい性格で、他の人には なつかなかったのに、なぜか、私にだけは、初対面から、気を許していた。
最初の頃は、ご近所の人に、食べ物を もらっていたらしいのだが、
「エサねだってるときに、ぎゃーお、ぎゃ~~~お、と、もの凄い声で鳴きよるから、そこの家の奥さんが、『ああ、ギャーギャーさんか、ふんふん、ギャーギャーさん、あんた、なんで、そんなヘンな声で鳴くの?』って言われてたで」
と、母も笑っていたのだが、うちの庭で、私と出会って、
「おなか すいてるん?」
と、声を かけたら、
「にゃん♪」
なんとも可愛らしい声で返事できたよ、と、母に言うと、
「この姉ちゃんなら、わざわざ凄み効かせた声で鳴かいでもエエんちゃうかと思たんやろ」
と苦笑していた。
洗濯物を干していると、いつの間にか、私の足もとに静かに座っていて、うっかりと竿を落としても、飛びのいて逃げもせず、じっと佇んでいた。
フシギな偶然で、その子もタビーの男の子だったの。
【続く】
2019.11.24 (Sun)
「めあ くるぱ。めあ まきしむ くるぱ」
これらのコトバを、
民衆や弱者を苦しめて楽しむ、私利私欲のカタマリみたいな権力者たちに提示する。
さて、
『ローマ教皇』
と、今後は日本でも、呼称を変更することにしたらしい。
ただいま、その「パパさま」♰ご来日なさったおりも おり、この国では、
大スター気取りで、自分と仲間の互恵のみに励み、ますます不況あいや布教と信者獲得のため、「国家行事」と称して挙行した、季節外れも甚だしい観桜の宴について大騒ぎの真っ最中。
「虚業」であるほどに稼げて、
悪行であるほどに儲かるのね。
本当のところ、桜なんか どうでもいいのが本音の権力者らとアキンドら、それに諂う芸人、芸能人らの、見苦しくも滑稽な姿。
それらと真逆の光景。
最近、たびたび思い起こしているのが、この絵。
松本華羊『伴天連お春(あるいは『朝妻』)』大正5年(1916)頃
2019.11.22 (Fri)
『最近の話題に対する感想まとめて』の続き。
あのかたの隣りに立っている お嫁さんがだね、仮に、紀子さまのような雰囲気の女性だったら、、、
ま、ナルヒト氏は、雅子さまを お嫁さんにして良かったんじゃないかとは思いますよ。
いつだって、雅子さまの話題ばっかりでしょうが(笑)
影薄いなあ~![]()
と、ご結婚の当初から、私の周囲の者たち皆、言ってたもんね(苦笑)
特に言っておきたいのは、
「個人を越えて、ただただ、われわれ国民のために祈ってくださる、そういう尊い存在は有難いのだから、感謝せよ」だの、
「そういう、重くも尊い使命、縛りを背負った者こそが持つ幸せというものが あるのだ」
といった「ウヨ」「ネトウヨ」の浅薄な思考力、欺瞞に満ちた信念とエゴを、豪も自覚できない愚者の蛮声が、近頃では跋扈しているらしき世相に、こうまでナサケナイところまで来たのか、一般人の学歴が最高度にまで上がったはずの日本国民が、と溜め息しか出ない。
「ウヨ」「ネトウヨ」よ。
おまえさんらが言い張る そのヘリクツでいけば、国際的な学問の見地において、「宗教未然」とも評される『神道』精神どころか、
おまえさんらが大いに忌み嫌っているらしい『キリスト教』などの一神教徒が要請する「縛り」と同じことなんだよ。
「縛ってほしい」自分のために、他者に「縛り」を要求するな。
たえずグラグラぐにゃぐにゃして、真っ直ぐ立てない自分を支える柱の役を、他人に強要するな。
いつだったか、わりと近頃の当ブログ エントリーでも、たしか、古賀茂明氏の、『令和』を喜んでおられたコラムに対する意見でも言ったかと思うが、
「退位」の問題は、『令和』においても繰り返される可能性は踏まえておくべきだろう。
そして、それは、遠くない時期にやってくるであろうことが必然と見ておかねば なるまい。
ということは、
『秋篠宮』は、なにも、特段、「国民に寄り添って」の御意見や苦言では ないだろう。
『秋篠宮』その口を借りて言わせるという、いつもの やりかた、いわゆる高い身分の、「やんごとなき」身分の人が とる方法で投げかけるという やりかたで出された、『大嘗祭』についての御意見。
それが、どういう意味を含んでくるのか、
前『天皇退位』という出来事と、その後の『皇室』関係の、いっそうの税金膨れあがりをも考えたら、多少は察しが つく。
『オリンピック・パラリンピック招致』にせよ、『退位』にせよ『大嘗祭』その他の『皇室行事』にせよ、
この国の大衆は、また、立派な学者・識者ですら、
私の眼から見ると、たいがい、おめでたくも後手後手の見識だ。
それが、ほんとうに、なさけなくなる。
ぼ~っと生きてる見本みたいな私を、ここまで なさけなく思わせるなんてね。
終わっとるでよ、ほんとに。
とにかく、基本的に『自民党』支持者であり、「天皇へ~いかバンザーーーイ」が圧倒的多数の「ヤフゴミん」どもが言い募る、
「おまえ、たくさんの税金を納めてるのか?ああん??」やら、
「皇室に納める税金は、一人当たり換算して、わずか30円から40円だ!文句言うな!!」
というネトウヨども。
いいから、
私の「もやし」代を返せー!!w![]()
もやしは、私の命綱じゃ!w(笑ってるけど、マジやで)
渦中の『桜を見る会』を めぐる大スキャンダルで、
どうやら、『ニューオータニ』も、イメージ悪くなったような。
最初は、「ホテル側が迷惑、かわいそう」という意見が多かったみたいだけど、
おそらくは、「後援会」とか支援者といった、安倍政権とアベシの個人的なメリットを、なんとかしてヒネリ出す代わり、
政府・内閣の公的行事であるということで、堂々と税金・公金を費やせる場では思いっきり、ふんだくることが できるんだから、
という、密室の取引だったのかな。
むしろ、公金・税金を使うときこそ、節度・適正さが必要のはずなんだがね。
内閣府のなかの人の、今井ナントカいう、私は よく知らんが、なんでも、アベシの側近中の側近、腰巾着のなかでもダントツの腰巾着という評判らしいのだが、
おまけに、『ニューオータニ』のエライさんと親戚なんだそうで。
いよいよ、数珠繋がりのグルの様相が、白日のもとに曝け出されてきた感じ。
(追記)
どこの記事を読んでみても一様に「緩み」「慢心」「増長」といった指摘のコトバが見られるが、そんなだから、メディアも「識者」も甘いんだと思う。
私は、この前のエントリーで述べたように、こういうことは結局のところ、安倍個人として、安倍政権として、『自民党』として、「戦略」の一環的に やってきてることだと思うぞ。
ただ、まあ、こうした「戦略」の本心を見抜かれることなく、長々と やってこれてしまった(メディアと一般国民がユルユルと許してしまった)ことで、まさに「緩み」や「慢心」がアカラサマになったと言えなくもないのだろうが。
私は、いつも、「桜を前に、恥ずかしくないのかな?」と思ってきた。
なにが「日本の魂の!」だか(嗤)
ばか騒ぎの下品な人間どもを、われ関せずとばかりに咲き誇り、
はらはらと惜し気もなく散らせる桜も、
「毎度毎度、どーして、こんなに煩くするのか、ニンゲンどもは」と、
桜の怒りを買ったのかもね。
酒は静かに飲むべかりけり![]()
桜は静かに見るべかりけり![]()
2019.11.22 (Fri)
まとめてアップが増えてきたなあwうちのブログ。
さて、
先日のエントリーで、『あいトリ』『表現の不自由展その後』を話題に とりあげた。そのなかで、「芸術や美術作品の力」とは、という話の流れで、バンクシーに関してもチラッと触れたが、
「バンクシーが描いたと思しい落書き」
を、東京都が、このたび、強化ガラスで覆って保存したとかいう。
ま、これはね、東京都の姿勢も理解できないでは ないが。
なんたって、集客力が あるんだからということだな。
そして、
そこいらの ばっちい落書き、まさに「感情の お漏らし」レベルでしかないような書き殴った落書きと、バンクシーの それを同列にするのは、やはり、多少の抵抗感を、個人的には感じるわ。
でもさ、
この場合、雨ざらし風ざらしで、徐々に薄れていくままにしておくほうが、ちょっとだけオシャレだったかなとも、私個人的には思うの。
せいぜい、薄れて、ほとんど見えなくなるまでの、ささやかな お楽しみと猶予、ってことで(笑)
描いた当人にしか、事実と真実は分からないけど。。。
私個人は、どんなに有名な高名なアーティストの作品でも、好みでない、いやなものは、いや。興味ないものは、興味ない。それだけ。
腹も立てない、無関心でいるだけ。
基本的に、そういうタイプなんだけど。
あとは、
『大嘗祭』と、『皇室』に関する話題。
何やら、雅子さまの落涙について、美智子さまから御注意が云々。
どこまで事実か知らんがねえ。
ことに「ヤフゴミん」の「手のひら返し」と無節操の酷さときたら、目を覆いたくなるばかりの体たらくだが、
少し前まで、『秋篠宮』家もちあげ、『皇太子』家バッシングの嵐が猛烈だったのに、
そのなかで、
とあるエライせんせいが、
「ご退位なされませ!」
と言ってのけたのは、たしか、当時の『皇太子』に対してだったのが、
いまや大々逆転して、「『秋篠宮』家は退位せよ!!」の大合唱。
「ヤフゴミん」のなかで、比較的まともな感覚の投稿者が、
「世間って恐い」
とか言ってたが、こういうコメントには、「そう思わない」ボタンが乱打されるという しまつ。
孫さんよ、「ヤフゴミ捨て場」は、いつ閉鎖するのかね?はやく しなさいよ。
で、
「雅子さまの落涙に対して、良くないと、美智子さまの御指摘」という話だけど、
これはね、べつだん、美智子さまの間違いでもイジワルでもないと思うよ。
もちろん、私個人として、雅子さまは、見るからに、とても真面目で真摯で、かつ、基本的には素直な御性格でいらっしゃるのだなという印象だけど、
いつぞや、『宮内庁』職員の座談会からと称した、雑誌系の記事で見かけた発言にも、
「『適応障害』のためか、いまは、昼夜逆転の生活になってしまっていて、そのせいで、『お出まし』が困難な傾向になってしまっている」という指摘だけでなく、
「(紀子さまとは また違った面が あり、)雅子さまは、ほんとうに真面目で良い人なんだけど」
という感想も あったように記憶している。
それで、思い出すのは、
『適応障害』で、まだ当分、「ご公務」の増加は見合わせておくという当時の発表が続いていた さなかの ある日、東北方面の大災害が、まだ大きく尾を引いている被災地へ、珍しく、ご夫妻で訪問されたおり、被災した住民の一人から、じかに話を聞いたときに、雅子さまは涙ぐんでおられたということだった。
これって、悪いような感じは全くないし、むしろ、個人の お人柄も感じられ、私は、「あれほどバッシングが続いている最中だから、よけいに感じやすい心理状態で いらっしゃるのかな」とも思えたが、
やはり、
この人の話で落涙し、あの人の話では、そうでもない、というのは好ましくない、という見かたもできるのかもとは思う。
美智子さまというと、生前のダイアナ元妃との関わりかたの変化について、うちの母親が、少々不審を感じてたみたいだけどね。これは、ここでは言わないけど。
もう一つ想起した話。
かつて、美智子さまが、おそらく、ご臨終間近の ご実母を、各宮ご兄弟を伴い、病室に見舞われたときに、弟宮たちだけを、病室内に留めて、皇太子たる御長男は、早々に退室されるよう促されたのは何故なのか?という疑問が掲げられた見出し部分だけを見かけたことが あった。なので、内容までは読んでいないのだが、
これは多分、『皇太子』すなわち『天皇』位に就かれることが明確である立場と、そうでない立場とを、はっきり分けておられるからなのだろうと、私はスンナリ理解していた。
いま、『愛子さまを天皇に!』という意見も、そこかしこで見かけるが、
前『天皇』ご夫妻が、『敬宮』さんを、ずっと、一般家庭の祖父母が、その孫を呼ぶのと同様に、呼び捨てされているという話にも、そのあたりの お考え、ご本意が窺われると思うのだ。
さてさて、それなのに、野党側が、『女性天皇』のみならず『女系天皇』を認めようという方針であるということらしいので、前『天皇』が、ご退位の意向を示された当時から、私は、幾度か問うてきた。すなわち、
「『象徴』であろうと何であろうと、そういった特殊な特別の存在を、特定の家系にのみ要請することは、明白な「出自」差別ゆえであって、「男女平等」「ヨーロッパの王室では」などという理由は、まったくの的外れだ」という指摘。
「民主主義」・「国民主権」に そぐわない「出自差別」を、いまだに温存して憚らぬ理由は、あくまでも「伝統ゆえ」という言い訳を するのならば、
とことん「伝統」を重く見て、たとえ、それが、たかだか『明治』時代に始めた「エセ伝統」「なんちゃって伝統」であろうと、でき得るかぎりは、それに則るべきでは ないのか、なかんづく、「男系」というシステムは、『皇室』の伝統の最も基底を成すところでは なかったのか、といった疑問を呈しておいた。
そこを変えるという、それは、
いわく「伝統が生き延びるうえで、徐々に変化した」現象では なく、
ここへ来てイッキに変えた、ということを目の当たりすることに ほかならない。
こういった点をクリアする理論を出してもらわんと。
男女平等という以前の、「出自」「血統」差別。
結局のところ、「伝統」という名の虚偽。
【続く】
2019.11.17 (Sun)
『「立法府の長」は、法を守らない(嗤)』の続き。
今回の『桜を見る会』の裏事情を知るにつけ、われわれ一般国民が想像する以上に、芸能界でも、「安倍夫妻ご利用ネットワーク」は、すでに広く深く張り巡らされていたのでは ないかと思う。
と言うのも、
私自身、何年も前に、雑誌などの特集記事に登場しているのを見かけていた有名俳優などが、多分、安倍夫妻、特に夫人のほうとの何らか繋がりを持っていたんだ、ああ、そうだったのかと、今ごろになって思い当たることが あったりするので。その俳優らが誰というのは伏せておくけれども。
「ネトウヨ」まる出しの主張で知られた社長だか会長だかが経営する化粧品企業の宣伝に登場している女優とかもね。
あのシュショー夫人は、ご亭主が返り咲いて、絶好調に見えるスタートを切った頃、さっそく、例の『靖国神社』に お参りしてきたと言い、これからの日本の若い世代の人たちも、こういうふうに、お国のために集められて殉じる時代が来るんだろうか、との思いに、しばし浸った、というふうな感想を、どこかで述べていたのを、私は記憶しているのだが、このときも、第二次政権の座に ついたばかりの首相夫妻に対し、私は まだ殆ど知らないままでいた彼らに、漠然とながら、なにか非常に嫌な予感めいたものを感じていた。
恐らく、「そういう方向」へ進ませる意向を持つ首相であり、ご亭主、その「返り咲き」に尽力した周辺の者らの思惑を、首相夫人として、みずからも返り咲いた彼女自身、よく承知していたのだろう。今後は、自分も率先してオモテに立ち、広告塔ともなって、推進する手伝いに励まなければ、と。
『サクラを見る会』での軽薄このうえもないハシャギっぷりを見ても分かるように、そもそも、俗人・俗物代表みたいな性格してこそ!な芸人・芸能人が大半だろうし、そういうところは、いわゆる「ヤンキー」なんかと よく似てる。
もともと、感性なども俗悪な傾向だから、権力や既存の「権威」的な存在に平伏し、疑問も持たない。
また、芸能人の多くは、何らかの宗教団体に入ってるみたいだし、
しょせん、「人気」で食う商売という共通性からも、「半分は芸人・芸能人みたいなもん」である政治屋とも、気が合うはずなんだw(『皇族』もかねww)
いまだに、「外交の安倍」てな幻想を、願望むき出しに語り騙る信者だか「ご利用」だか知らないが、
米国のトランプさんも、誰よりも言うがままになってくれるアベシに、日本の首相を続けていてほしいでしょうよ。
内心ではバカにしていてもね(嗤)
ところで、私は、「岸 信介」のことなんて、いつ頃の首相だったかしらん、どこかで名前を見かけたことくらいは あったかな程度の記憶だったけど、やっと数年ほども前になってから、「外孫」だというアベシの、あまりの胡散臭さ、えげつなさに驚いて、ちょっと調べてみるまでは、ほとんど何も知らなかった。
そして、
さすがのアベシご自慢だけある、この、母方の祖父は、若い頃から麻薬とカネ、のし上がってからは、アメリカとカネの話が よく知られているらしいことを初めて知って、ゲゲゲと仰天したのだけれど、
これでは、まるで、あの『北朝鮮』の「委員長」と言う名の「王族」モドキと同じ商売じゃないか。
いや、早い話が、「暴力団」やね。
幾度か指摘してきたように、私が子どもの時分から、政権党たる『自民党』のパートナーたるが、あろうことか、暴力団すなわち「ウヨ」すなわち、仲が悪いイメージのはずの『韓国』・『朝鮮人』をも含む、という図式は、世間でも知られていた。
麻薬にせよ「管理売春」にせよ、暴力団の定番みたいな商売じゃーないかいな(呆)
この国は、「暴力団国家」なのか?
それでいて、
「神聖なる天皇」と称するものを担いでおる。
こないだの晩は、
「へぇ~いか」マンセーいやバンザーイ、バンザーーイ、バンザーーーイと、集団で気でも狂ったように叫び続けたそうな。
幼い子どもが、その異様さに怯えたというほどに。
まあ、私自身は一切、ああいうの見てないけど。
しかし、雅子さまは、かなり不安定になっておられないかしらね?
昔から、日本人ってのは、自分らが良い気分になるために、大いに良い事してるつもりになって、とことん残酷だねえ。
ちなみに(?)
私は、進学予定の学校を下見に出かけたとき、通りすがりの高層ビルの前に据えられた、そこの社名を彫り込んであると思しき石碑みたいな物に、何気なく、目を留めたとたん、プッとフき出した。
なぜかと言うと、その石碑の表面に記された社名には、「□■組」と、「組」が付いてあったから。
ははあ、これが、いわゆる暴力団が やってる企業?と思い込んでw
付き添ってもらっていた母親を つつき、
「なあ、なあ、おかあさん、あれ見てみ?『組』て付いてる会社ってことは、ヤーさんの会社ってこと??」
と、漏れる笑いを片手で抑え、石碑を指差しながら聞いたら、
母親は、あわてたように、周囲の通行人を窺いつつ、
「シッ!なに笑てるねん?この会社は昔から有名な、ちゃんとした大企業やで。笑いなさんな、失礼や」
と、ヒソヒソ声で叱ってきた(苦笑)
…さてさて、
政府のスガはんらが、どういう「努力」なさったんかは知らんけど、
どうやら、小耳に挟んだ皆さん、あたかも「電凸」の勢いでもって、「予約」電話を殺到させかねないもようw
「あのっ!政府のスガさんから聞いたんですけど!!」
「宴会5000円コースで!予約名は『アベ』で おなしゃす!!」
なんてねw
渦中の『ニューオータニ』さんって、私の叔母が生前、時々、食事などに利用してたみたい。
叔母のパトロンだった おじさまが、故人の思い出話で、
「あの人は、まあ、男の わたしでもギョッとするくらい大きなステーキ
を一人で平らげて、お高いワインをボトルで頼んで、グビグビやってましたよ」
と呆れながら おっしゃったので、
「まー、ボトルじゃなくて、グラス ワインくらいにしておけば よろしいのにねえw」とかテキトーに応じたもんだが、
東京から、たまに、生まれ故郷の大阪へ帰ってきたときは、当時、叔母が定宿にしていた中之島の老舗ホテルへ会いに行ったおりなど、ホテル内の高級和食店あたりで食事したりしたけど、もうン~十年も前の私が20歳代の頃の話、あの頃でも、会席と言うか和食フルコース一人分1万円から出してくれてたと思う。
ぜんっぜん、おなか いっぱいにならんかった、上品すぎる和食。
ぐっと堪えて、部屋に戻ってから、さっそく、
「なんなん!?あの異様に少ない量はー!!」
と、おごってくれた叔母に対して、不満をブチマケようと構えたら、
すかさず、叔母は のたまった。
「あんた、隣に座ってた男の人、見た?」
いんや?と答えると、
「まだ20代の若い人だったわよ。あの若さで、ああいう お高い店に一人でフラッと入って食事するくらいだから、ぜったい、どこぞの御曹司だわ。あんた!ガンバって、ああいう男の人を、つかまえるのよ!!」
だって。あ、そーですか。
この叔母は、こういうことばっかり言う人だった(苦笑)
まあ、私が、もし、そういう男性と つき合ってて、ああいう高級和食店で、欲求不満に陥りそうな食事したひにゃ、相手の分まで奪って食っちゃうかも。実際、近いこと やってたしw
イカの天ぷらなんかねえ、ちょうど『MONO』消しゴムくらいの大きさのが、たった一切れでさ、
「もしや~次は」に ひかされて、
とうとう辿り着いた最後のシメの お茶漬け。美味しい お漬物も何種類か添えられていたけれど、肝心の御飯の量が少な過ぎ!
一種類の漬物を味わったら、もう、あとの御飯が ない!
というくらいの少量。
全体に、こういう感じで終始だから、大喰らいの私は、ましてや若かった頃だから、も~イライラを通り越し、悲哀感すら湧いてくる。
それにしても、お鮨ですか、ご無沙汰ですわあ。
今度、近所のスーパーマーケットの鮮魚コーナーへ行ったら、お買い得タイム サービスの残り物のパック寿司でも買って来よう。
高級鮨なんて、かれこれ10年くらい食べてませんわいwしくしく。。。(;о;)(ノД`)・゜・。
だからと言って、
「こうなったら、安倍後援会に入るぞ!」なんて、さもしいことは言いません。
アベシの後援会に入るなんて、末代までの恥だわよ。
さ、袋ラーメン
でも食べよう。あ、もやし買うの忘れた。
急に寒くなったね。。。
ひゅーるりーらら~![]()