2020.08.10 (Mon)
『母は食べたいものを食べる。』の続き。
ちなみに、
うちの母親は、腹違いまで含めると、けっこうな人数になる姉妹兄弟のテッペンに君臨する「大長姉」として育った。
かたや、
親父のほうはと言うと、たいへん裕福だった生家から、千葉の片田舎の貧乏な伯母の家に連れ去られて、その跡取りの一人っ子として生育したのだが、
自分の好物を前にするとき、親父は、何故か、必ず、傍に居る者らに、「おまえも一緒に食わんか?」と尋ねてくる。
娘の私なんかは、先述したように、親らとは、好物の種類が かなり異なるので、「いらん」と断るのだが、一回二回ことわったくらいでは納得せず、3、4回ほども執拗に確認してくる。そのうえで、
「なんだ、こんな美味いものをな」
と憐れむように首を振り振り、そして安心したように、やっと、食べ始める。
あるときなどは、
その当時、飼っていた子猫
が、晩酌のアテに並べられた刺身を食べてる最中の親父の口もとと箸の往復を、穴のあくほど![]()
見詰める。
「うっ」と詰まったような、妙な呻き声を洩らしながら、親父は自分の刺身を一切れ、猫に与えてやる。やるが早いか、これまた電光石火の勢いで、子猫はゴクンと呑み込んでしまう。
そして また、もとの体勢に戻り、さっきと同じように、親父の口もとと箸の往復を凝視し始める。
猫が好きなほうでない親父は再び「うっ」と呻き、今しがた、箸のあいだに挟んだばかりの刺身を、またも与えてやるのだが、
子猫ときたら、刺身を呑み込むスピードが、あまりにも素早すぎる。
「こらー
もうちょっと味わってから呑み込まんかい!あんたは、さっき、ご飯をタラフク食べたばっかりやろ」
と、怒鳴りつける私w
結局は、母親に促され、諦めない猫を、部屋の外へ締め出すことになるんだけど。
私はね、人間さまよりも先に、飼っている犬や猫の食事を最優先で済ませておくから、今度は、こっちが食べてるときに、猫が凝視してこようが なんだろうが平気なのw
人間用のものを、少しは分けてあげてるのに、いつまでも聞き分けないで、行儀の悪いことを したら、自分の子どもを叱るかのように、大音声で どやしつけますww
さすがの母親も、「あんた、猫に そない怒っても」と、呆れるほど(笑)
大学生だった、大喰らいの兄なんか、親が不在の日に、自分が代わりに作ってやった犬
の ご飯を、そのまま自分で食っちゃったからなw
「ん!!これはウマいわー。犬に食わせるのは惜しい♪」ってww
冷や御飯を ゆるめて、ちくわを投入しただけの餌www
わんこカワイソウに
(苦笑)
なので、
こういったことどもを思い出すたびに、私は、少しく引っ掛かるものを感じるのである。
何人もの弟妹を抱え、亡母の代わりを任じる「大長女」だった うちの母親が、自分の好物を独り占めにする癖を堂々と憚りもせぬ。
かたや、
跡取り息子として請われ、連れ去られた養家の一人っ子で育った親父は、それが自分の好物であるほど、周囲に気を遣い、と言うよりも、
「俺の好物が食えんのか?
」
という、ほとんど恫喝の勢いで訊ねまわり、猫の視線にも怯えて、呻きを洩らす。
いったい、どういう心理なのかと。
だって、こんな成育歴なら、ふつうは、うちの両親とは真逆の態度になるだろう、というイメージじゃない?
で、まあ、話を戻すと、
私の周辺の男性たちは、それぞれ、性格から成育歴から全く異なるのに、料理好きという共通点が あるので、「食べる人」を任じてきた私。
嫌いというほどでは ないのだが、得意でもない、ハッキリ苦手な作業である料理を、ましてや、自宅の狭いキッチンなら尚更のこと、甚だ、めんどくさい。
それでも、
私とは嗜好が異なる親らのために、慣れぬ包丁を振るい、鍋釜を揺すって、並べあげた料理を つついている親らの ようすを眺めてから、疲れた足を引きずり引きずり、自宅マンションへ帰りつく。
途中で買った、コンビニのサンドイッチを頬張りながら、持ち帰り仕事に とりかかる。
そんな日々のなかで、母親は、入退院を繰り返していき、とうとう最後となった入院中、うちの親らの知り合いだと言う、私のほうは、顔も知らない、全く記憶にもなかった、近所に住んでるらしい老齢の女性から、
「あんた!おとうさんの世話してあげてるの?えらい痩せてきはったやんか!食事くらい、つくってあげなさいよ
」
と、いきなり叱りつけられたことも あった。
んなこと言われたってですな、
私も早朝から夕刻まで仕事、それを終えたら、その足で、母親の病室へ駆けつけ、なるべく、看護婦さんたちを煩わせないようにするため、食事介助やらマッサージやら清拭やらを済ませ、疲れ果てて帰宅したら、コンビニめし食べつつ、ウトウトしながらの持ち帰り仕事だよ。
毎日が、睡眠時間2時間。
しかも、こっちも虚弱にして病み上がりの身だわ。
いや、しかし、どうりで、
ある日、実家に用事で立ち寄ったとき、親父が得意そうに、かつ苦笑しながら、
「どうだ!こんだけ!」
と見せてきた台所の生ごみ1週間分は、最小サイズのコンビニ袋一つに おさまってたなあ。
それでもね、
母亡きあと、今度は、親父ひとりのための食事づくりに通いましたがな。もちろん、本人の嗜好に合わせて。
幼い頃から、暴言・暴力ふるわれてきた、隠れ「アル中」の親父のためにね。
子ども心にも、ずーっと恐れてきた将来の予感。
その忌まわしい予感どおりの生活になってしまったなあと、
どれだけ なさけない思いに沈んだことか。
いつの間にか、
何の役にも立ったことがなかった腹違いの きょうだいのみならず、
親父を担当していたヘルパーさんから、近所の煩いオバハンらにまで、私の悪口を言い散らしていた親父。
私の苦悩は、誰も知らない。
(↑聖書か聖歌だかに、こういうコトバが出てくるらしいw)
…
その頃になると、親父のほうも、進行していた『パーキンソン病』や何やらで、椅子から立ち上がるのも座るのも一苦労の状態になっていた。
私は、もともと苦手な料理を、やっと済ませてから、食堂に来るようにと、親父を呼び出す声にも、ついイライラが滲んでくるのを抑えられない。
大皿に盛りつけた、牛肉の細切り入り炒め物を、高齢になっても変わらず、肉類も大いに好んだ親父は、持病のせいで震える箸を、四苦八苦のていで摘まみ、摘まんではポロポロこぼしつつ、「うん、美味い」と呟く。
その向かい側で、かつては、母親がノッシと座っていた椅子に腰掛け、親父のようすを見守りつつ、テーブル下の床に落とした おかずや御飯のカケラを拾っては、それを そのまま口に運ぼうとするのを たしなめながら、すっかり空腹の自分も、どれ、と箸を伸ばそうとして、思わずギョッとした。
親父が、今しも、牛肉の一片に向けて箸を伸ばそうとしていた私のほうを、険しい顔で睨んでいたから。
…
いまだに、あっけにとられた気分のままだ。
実は、すでに認知症も始まっているということを、主治医から聞いていたので、その影響も あったんだろうか?
というわけで、
誰でもない、自分自身が選んだ伴侶や、望んで産んだ子どものための食事づくりでしょ。
なにを、そこまで、悲劇のヒロインになって、、、と言いたくなるのはグッと抑えて、
こうアドバイスしましょう。
きょうの、今の、自分自身が食べたいものを作りゃあイイんです。
ご亭主や子どもの好みに合わない場合は、まあ、これなら、文句までは言わずに食べてくれるだろうものを、それぞれに一品、買うなりして加えておけば いいでしょう。
たまには、家族全員の好物である献立にすることくらい可能でしょうし。
そして、
子どもたちが小学高学年にもなったら、初歩レベルの家事と、自分の身のまわりのことは基本的に自分で できるように育てましょうよ。
「よく仕込んであるなあ~」と感心されるほど、家事の手伝いに積極的だった(やらないと、母親も激怒するのでw)私自身、小学低学年の頃には、そのようになっていたわ。
【続く】
2020.08.10 (Mon)
こないだ、どっかの「奥さま向け記事」みたいなとこで読んだには、
家庭を持つ女性が、いまだに負担を大きく担いやすい家事のなかでも、特に、毎日の食事づくりが苦痛と悩んでいる人が多いという内容。
うん、
私自身は、「主婦」だったとかじゃないけれど、
実家の親らの病気が深刻度を増し始めてからは、その日の親の希望する献立を確認しておいて、勤務先の仕事を終えたあと、食材を買いまわり、それから実家へ直行して、料理にとりかかっていた。
うちの母親は、実母を、小学2年生の年齢のときに亡くしており、
そのせいか、これまで何度かは触れたとおり、その前後から、弟妹たちのために担当していたという料理が得意だったので、すべて自己流で、和食店を経営していた時期も あった。
せっかく、お得意さんたちが多く通って来てくれるようになったあたりで、タクシーどうしの交通事故に巻き込まれ、長く入院しなければ ならないハメになり、最終的には、店を売って、手離したのだが、この事故による入院治療中に、『C型肝炎』というやつを もらってしまったようで、このため、後年になっても、ずっと、通院生活を続けなければ ならなかった。
そんな情況に在った ある日のこと、
偶然、母が小学校時分の級友だった人と、病院内で再会し、先方も同じく、型は異なるが肝炎だということで、しばし、話し込んだという。
先方の女性は、そうとうに気分も塞いでしまっていたようで、彼女の親の代から経営してきた老舗喫茶店も、すでに たたんでしまったと言い、うちの母親も また、経営していた店の経緯もあり、それを めぐっての苦労話や、お互いの これまでと現在の生活のなかでの体調のこと、特に食事のことなどに話が及んだそうなのだが、
相手は、自分で料理するのもシンドイときなんか、どうしてる?と聞くので、うちの母親は、しんどいときは、そりゃ、店屋物を頼むことも多いよ、などと応じたが、相手は なお、
「けど、店屋物かて、続いてくると飽きてしまえへん?」
とボヤクので、母親は、すかさず、
「せやから、自分でも時々は作るんやんか」
と答えたという。
実際、うちの母親って、おすしが大・大・大好物だったので(笑)、それは もう、「江戸前」式の、新鮮な魚介を用いたものは勿論、大阪では昔から好む人の多い、『バッテラ』(+うどんセットね 笑)も大好物、とにかく海産物の類と「すし」と名の付くものは毎日でも飽きないというくらいだった。
まだ元気だった頃は、来客もないのに、自分一人が食べる寿司の出前を、ほぼ毎日のように取っていたのである。
私が実家で生活していた頃なんか、その日も、昼時となったので、なじみの寿司屋から出前を頼もうと言い出し、苦手なネタが多い私が食べられないものは、母親が喜んで、ひとつ残らず食べてしまうのが決まっているので、とりあえずの「盛り合わせ」などを注文し、届けられたのを見てみたら、非常に珍しいことに、小ぶりながら鮑をネタに握ったのが、2個ほど加わっていた。
特に貝類を好んだ母は、鮑には殊のほか、目が ない。
意外さに驚きつつ、相好を崩して、まずは、その鮑の握りを真っ先に口にしてから、間髪を入れぬ勢いで、すぐさま、同じ寿司屋へ電話を入れた。
思いがけぬ大好物のネタを入れてくれていたサービスへの感謝を店主に伝えようと、、、んなわけないよ、もちろん。
高級ネタであるらしい鮑の握り そのものを注文したのでは、お代が高くなっちゃうから、要するに、先ほどと同様、「盛り合わせ」を追加で頼めば、その桶に再び、いとしい鮑が、と狙ったわけなのだったが、柳の下にナントヤラで、残念ながら、もくろみはアッサリと外れて、いつもの内容の「盛り合わせ」に戻っており、可愛い鮑の姿が、どこにも見えない。それを確認した母親は、
「ああ、やっぱり、、、そうは いかん かったなぁ~」![]()
と、肩を落とし、哀しそうに照れていたw
…
二回目に倒れてからは、親父に付き添われて、リハビリを兼ねた散歩に出たら、通りすがりの回転ずし店を目ざとく見つけ、そこへ通うことも始めた。それくらい、一番の好物だった、おすし。
それでも、自分自身で和食店経営の時代が あるだけに、もともと、いわゆる「口が肥えて」いるうえ、料理が得意なだけあって、質や味には、常から厳しい。
体調が良くないときには尚更、ごく簡単にでも、みずから調理しようという執念を持ち、あたかも「食べて治している」ようなところが あった。
そんな母親も、最後の入院に至る前後は、以前の調子で食べることが できなくなっていった。それと同時に、どんどん弱っていった。
私は、実家に居た頃から、母親を見ていて、「おかあさんのようなタイプは、食べられなくなったら おしまいやね」と指摘していたが、そのとおりになった。
私はね、そんな親に似ず、料理も苦手(苦笑)
好きなものを食べることは、もちろん楽しいことの一つだけど、母親ほどの食い意地は張ってないし、好き嫌いのみならず、体質に合わないために食べられない食材も多いほうだから、親らの気に入る食事づくりとなると、こんなメンドクサがりの私でも、かなり、気を遣いました。
最初の頃は、きちんと切っておいたつもりの人参を、お箸で摘まみ上げたら、ぞろぞろ一列に連なってきたので、「これは何や!
」と、テーブル越しに、呆れ顔で睨まれたりしたもんですw
でもね、
段取りの悪い、嗅覚も味覚も、生まれつき鈍いほうの、いたって大雑把な腕しか持たない私だけれど、どういうわけか、最終的に、味付けだけは、失敗と言うべきほどの失敗を したことは ないのだ。目分量でもね。
なので、食べられないほどの失敗を してしまう人が理解できないくらい。
つまり、
ちんたらモタモタあたふたの果て、やっと、それらしく出来あがった、
どれ、だいじょうぶかなあ?と、ひとくち運んでみたら、
「うん、まあ、うまいこといったやんか」と、辛うじての及第点。
でもさ、疲れるのよ、そりゃあ。
だいたい、私自身が食べたいと思って作ってるのと違うんだからね。
うちの両親とも、なかなかエネルギッシュだった原因なのだろうか、殊のほか、魚介類に目がなく、その他にも経験してきた様々な美味いものを よく知っているし、特に母親は「病気の問屋」を自負していたわりには、
いや、だからこそというので、まあ「美食家」であり「健啖家」だった。
最初は、些か疑わしそうな眼つきで、私が並べた料理を眺め渡し、おもむろに、お箸を取りあげ、気難しげな表情で味見にかかる。と、
「うん!これは美味しくできてる!」
と言うが早いか、次の瞬間、
皆で取り分けるための大鉢ごと、食卓の真ん中からズィ―っと、自分のほうへ引き寄せていき、自分の目の前に据え置いたが最後、親父も私も、手が出せなくなるのである。
あとは、母親が独り占めw
負けじとガンバって、こちらから腕と箸を伸ばし、せめて ひとくち、と思う前に、もう あらかた、食べられてしまう。
母親は、食べるスピードも異様に早いのだ。
だが、見ている分には、決してガッついてるでもなく、いたって ゆったりと食べ進めているようにしか見えないのだが、フシギなことには、なぜか、こちらが、ああ、、、と言う間に、食べ終えてしまっている。
また、
母親は、食事しようと入った店で、注文したものが すみやかに運ばれて来ないと、刻々、キゲンが悪くなっていく。
しゃれたレストランで、フルコースなんぞを頼んだひにゃ、差し向かいに座った私は、ハラハラするはめになる。
料理の運びや給仕の段取りが少しでもモタつくと、まず、ピキッと、眉間にシワが寄り、2度3度モタつきが続くと、その店の悪口をブツブツ口走り始めることすら あるからだ。
まあ、店側の手腕にも問題あるなと思えても、急いで運んでくるウェイター・ウェイトレスさんの、なんとも言えない焦った表情を見るにつけ、私も、せっかくの料理を味わうどころでない。
もう一つ、うちの母親の致命的な悪癖は。
自分が食べ終わって満足したら、すぐさま立ち上がり、支払いを済ませて即、店内から去ろうとするのである。
私は、食べるのが人並みより遅いわけでは ないが、早いわけでもないので、殆どの場合、母親のほうは、とうに食べ終えている。そして、まだ終えていない私にイライラし始めているのが伝わってくる。ついには、バッと立ち上がったと同時に、「まだか?行くで!」とピシャリ言い捨て、フォークやスプーンを握ったままの こちらを置き去りにする勢いで、本当に、後ろも振り返らず、さっさと出て行ってしまうのだ。
【続く】
2020.08.08 (Sat)
原爆投下の日を思い起こし、人々と、その生活を偲ぶ日。
今年は、「コロナ禍」のなかで迎えることとなった。
核兵器というものが言語道断なものであるのは当然だが、
そもそも、戦争が、とりかえしのつかない悲劇を齎すのである。
ここを忘れては ならない。
「革命」というものも、それが暴力性や残虐性を帯びるほどに、
それまでが、いかに、暴力や残虐が罷り通ってきたことかの証左であろう。
誰だって、ふつうに、おだやかに生活していく権利が あるはずじゃないのか。
動物たちだって、人類のせいで大迷惑だ。
ふつうに生活できていたって、何だかんだと苦労は あるものを。
戦争だの兵器だのに、大切なエネルギーを注ぎ込む愚かしさ。
もっとマシなことだけ やれる世界は来ないのか。
「たたかい」かたってのは、いろいろなんだ。
「ドンパチ」だけが、たたかいの方法では ないし、
むしろ、それを回避するために、たたかわないと ならない。
戦争の原因になった、真の正体とは、
ずばり国民、無知で思考停止の民衆でしょ。
そして、男のサガ。
女のなかから生まれ落ちた変異物と言うか、ハッキリ言って、欠落してるようなところが あるから、しまつ悪いよね、ほんと。
ちっちゃい坊やのままなら可愛いんだけどね。
ぼうや、大きくならないで、てか。
ごく一部の権力者の思惑と、おもねるメディアの煽りに、踊らにゃ損々と乗る大衆。
「先進国」「高学歴社会」になっても、いまだに変わりゃしない構図。
さて、
歴史上に知られた人たちのなかでも、この人が、今でも生きていたなら、インタビューできるものなら、と思うような人物が いるもので、
ゲバラも、その筆頭に挙げたい一人である。
『「きみたち日本人は腹が立たないのか」チェ・ゲバラは、広島の原爆資料館で憤った。』【ハフポスト日本版】8/6(木) 18:51配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/64d430f9ee3af53b4256d56ae987ff60fef6c987
まさに、多くの男性にとっては憧れの、永遠のスター的対象だろうし、
われわれ女性にとっても、まさに、絵に描いたような理想のタイプ
ってとこね(笑)
それでも、こういう人と結婚したとなると、たちまちにして、苦労も覚悟も、とうてい、人並みレベルでは済まないわよねえ。
『エルネスト』
こんにちに至っても、有難く戴いている『天皇陛下』様と『御皇室』。
当時の男性皇族たちが集まって、ご飯も食べられなくなった庶民には、カケラも口に入らぬ、上等の和菓子を召しあがりながら、終戦の話合いを されたそうな。
骨どころか、かすかな「影」しか残らなかった庶民の最後は、
「どうも、気の毒だとは思うが」
の一言で かたづけられる。
ええ、はい、
「えらい人は、責任とりません!」
瀧本氏は、お元気だろうか。
○。 。● 。○。 。● ○。 。●。 ○。 。● ○。 。● 。○。
荊冠を戴き
蹌踉と立ち尽くす
声なき声の かたちを聴く
2020.08.08 (Sat)
そりゃ大事だけどね。
こういうことで、いつまでもモメている姿は、国民・一般有権者の眼には、些末なメンツに拘っており、内輪揉めを繰り返す性向から、いまだに脱皮できてないな?とか、この時世に、そんなノンキなことで どうするの、とか思われかねない。
まあ、「無党派」にして、ほぼパーフェクトな中道の(ゆえに、左右両陣営からフルボッコされてきたw)私としては、べつに どーでもエエという感じも少しは あるけれど、
やっぱり、安倍政権では、どーにも、目の前が真っ暗になっちまうので、現政権おもねり補完勢力以外の党には、できるだけ まとまってもらわんと ならぬし、
いつまでもモメてたら、しまいには、せっかくの支持者ですら呆れるだろうから、さっさと かたづけるべしよ。
…そうね、
枝野さんが、裸一貫の覚悟でもって起ち上げた、『立憲民主』という党名に愛着が つよいのも理解できるよ。実際、語感も良いのだし、
ここは、足して ちょうど2で割ってさ、
『立憲国民党』で どう?
とっても分かりやすいね(笑)
私としては、いちおう、いまのとこでは最もオススメなんだけどね。
ああ、それは、
『国民立憲党』でもイイよ?w語句の順番で、玉木さんからダメ出しされる恐れも あるかもだからね(笑)笑)
ここで、しばし、話題を変えるけど、
『立憲・辻元氏が23年ぶりに自民本部へ 二階幹事長に大阪の旅行業関係者を紹介』8/4(火) 18:11配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/3cc4ca8b22dba24561d276796b66db254261f465
ちょいと、野間口さんという『毎日新聞』記者さん。
それで おしまい?
ほーれ、もう非難轟々だよw
同時に、安倍シンパの「ヤフゴミん」ども大悦びよww
見出しからしてアレな感じだが、本文を読んでみなけりゃ分からんわ?と思い、いちおう読んでみたけど、繰り返して読んでみたけど、
やっぱしワカランわ。
真意も真相も曖昧模糊、どーにも尻切れトンボな、悪質記事の類ですぞ。![]()
旗幟を鮮明に、という点では、自民党・安倍政権御用達の広報紙にすら負けているぞ。
昨今は、『朝日新聞』のコウモリ記事にも閉口していたところだが、
『毎日新聞』のほうが若干マシかな~?と思いかけていたところ、『朝日』に負けじと出してきたな、コウモリ記事をw
しかも、こういうときには、ふだんは殆ど設けない、あるいは許可しない「ヤフコメ」欄を、しっかり許可しておるww
あ~やだやだ、新聞やメディアも、程度の低いのばっかしだ(怒)![]()
![]()
「ヤフゴミん」のなかにも指摘が見えるが、
枝野さん、これ、党首として何とかしといたほうがイイんじゃないかな?
この記事では、どうしても、大多数から悪く取られてしまうだろうよ。それでオッケーなの??
ま、党名の話題に戻そう。
あとは、、、そうね、
思い切ってシンプルに先祖返りしてw
『新民主党』とかww
やっぱ、ちょっと恥ずかしいかね?w
正直、あまり、オススメしたくは ないのよ、こちらとしても(苦笑)
あぁ、めんどくせぇなあー、
もう『ニュー民主党』でエエやん?w
めっちゃ分かりやすいしww
まあ、なんか、サウナとかサロンの看板みたいな響きでもあるけどwww
いや、しかし、
だいたい私はさぁ、『自民党』の本名が『自由民主党』、その下半分そのままの『民主党』という党名は、なんとなく、些か、気に喰わない気分も なかったでは ないのよ、もとから。
そもそも、『自由民主党』という名前のほうが、ものすんごい詐欺看板だと思えて しゃあないんだけどね。
なんせ、あれの本音は、
「人権なくせぇー!!」
「国民の生活が大切というのはダメー!!」
ですからの。![]()
ついでやけど?w
ずーっと前の過去エントリーでも、いろいろ提案したことが ある、『日本共産党』ね、これはマジで、少し変えたほうが良いかもしれんよ。
まあ、私個人としては、共産主義どうこういう話には、あまり関心が ないので、そういうことには一切、無関係に言ってるだけなんだけど、
共産党としては、単に党首や党員個々の意向だけでなく、自民党よりも伝統ある党名で、もっと変えがたいものが深く厳然としてあるんだろうね。
ま、とにかく、どの政党にも、本気を出してもらいたいもんだ。
あくまでも国民のための、だよ?
議員の本懐、わかってるよね??ね???![]()
2020.08.06 (Thu)
『この二人に見る』の続き。
こないだは、マスクと消毒液を規制解除と のたまった、「ザ・冷酷」加藤ダイジンにも、あらためてムカッ腹が立ったところだが、
問題は、なにも「転売ヤー」だけじゃない。
転売業者以上に、むしろ、一般の消費者たちのほうが、買い占めに走るでしょ、ってば。
特に、地方都市なんかの片隅の、べつに大型でもなく、ごく平凡な小売店あたりで買物するのは、ほぼ全員が、地元住民である一般人でしょ。それでも、品薄や品切れを起こしてるんだから。
私も、先日の過去エントリーで、夏のマスクの苦痛を少しでも やわらげるための「ハッカ油」を買い足そうとしたら、早くも品切れになりかけていたことを述べたけど、
マスクだって そうよ。
私が辛うじて、まあまあ、これなら、、、と思えるようなマスクからドンドンと、店頭に並ばなくなってるよ。
国が「自粛」解除宣言したとたん、「若いから~♪」「軽症で済むんだし~♪」と、たちまちにして、タガが外れまくる浮かれポンチ国民ですよ?
そのくせ、今度みたいな買い占めをも やる。
ほんと、この国は、上から下までバカばっかりなの?![]()
それも、権力やカネ持ってるやつほど、バカまる出しときてる(呆)
さて、「新型コロナ ウイルス」についても少々。
当ブログは、先の「自粛期間中」にも警告しておいた。
今後、解除するにしても、徐々に慎重にやらないと、すべてを、いきなり元どおりにしたのでは、何も学んでいないことになるぞと。
おかげで、
「日本すごい」も何も、そもそもアジア全体的に、なぜか、重症者や死亡者が少なく推移してこれたというのに、、、ほんと、バカな政府だ。
最新の「政権支持率」にしても、相変わらずの忖度ぶりが窺えるし、この国は、メディアのレベルも低すぎ。
支持率も当確発表も、いらないっての
気分が萎えるだけだわよ。
もとより、この国の国民、有権者に、私は、政治屋以上にウンザリしてる。
だから、次の総選挙は、どうにも、投票に行こうという気が起きないなあ~、って言ってるの。
だって、どこから どう見てもダメじゃんか。
「補完勢力」以外の、現政府を指弾している野党にせよだ、これまで やってきたことを振り返ると、
カネカネカネの『自民党』安倍政府は、分かり易い敵を、国外においては、もっぱら中国や韓国などの(かく言う私だって、べつに、味方したくは ないけどさ。向こうの国も問題は大きいから。)隣国を想定。
国内においては、
シモジモに代理させてシモジモを叩かせる、
という、イヤラシイこと この下もない策略でもって、弱者苛めしてまで、「オトモダチ・オコボレ」政権を独占・維持することに汲々。
ところが、
『民主党』の元首相にしても、あるいは小沢氏にしても、私は以前からもエントリーで批判してあるが、ハッキリ言って、
むしろ、『自民党』と安倍政権の「露払い」に等しいことを やらかしてきている。
まるで「スパイ」並みの働きだわよ。![]()
特に、その点が、私としては、野党を頼りないと思うところなの。
かと言って、
自民党や安倍政府では、これ以上、どうにもならないところまで来てしまったと思う。
もう、ダメだよ、この国は。メチャクチャ。
まるで、昔の「発展途上国」並み。内側から どんどん堕ちていってる。
再々言ってきたが、
この「新型コロナ ウイルス」は、なんと言っても、いまだ、専門筋でさえ、正体を掴みきれていないのだから、やれ、若い人は、症状が軽い場合が多い、ただのカゼ!とか言っていると、このあと数年後、数十年後、何ら問題が起きないで消えていってくれるという保証もないのよ。
いま若い年齢層が、ホイホイと感染しておいて、自分たちが高齢になり、必然的に何らかの病気などを得て、体力が落ちてくる頃、体内の奥深く入り込んだままの極小ウイルスが、息を吹き返すような事態にならないと、誰が断言できるのかな。
実際、このウイルスの場合、ヘタすると数十年ものスパンで抱えていかなければ ならないと指摘されているし、いつまでも後遺症が残ることが危ぶまれており、特に、血栓を生じやすいことなどが指摘されている。
血栓、恐いよ~?
いつ、どこに襲ってくるか わからないのよ?
私も、ふつうのカゼやインフルエンザには何度となく かかったけど、数年あるいは数十年スパンの後遺症の心配なんか、考えたことは なかったよ。
そりゃあ、個人で できることは限られてるし、どれも これもが、ほとんど気休めみたいなことでしかないけど。
とにかく、もう少し、正体を見極められて、有効な薬剤が できるまでは、いまは、できるだけ謙虚に。
タガを外しまくって良いことは ないだろうよ。
やれやれ、
目下のアメリカもそうだし、わが国もそう。
ダメな人間に、不相応な権力というものを持たせたら どうなるのか、
というプロセス、
一つの国がダメになっていくプロセスを如実に目撃している気分だわ。![]()