2021.03.09 (Tue)
『『「ママ友」殺人事件を考察』に追加。(勢いの激しさと精神異常のこと、その他)』の続き。
向こう隣りに住んでいた、幼なじみにしてクラスメートだった男の子のとこの おばさんが、うちの親父の田舎にて数日間、法事のため、千葉県に滞在するので、両親とも家を留守にしているあいだ、一人きりで居る私を心配し、惣菜や お菓子を手に、何度も何度も、ようすを覗きに来てくれていた。
そのおりに、ふと、当時の私が通っていた専門学校と、そこを卒業しても、障碍のため、就職の目途が立たないだろうことで困惑しているという私の悩みを聞いてくれたことが あった。
後日、親らが帰宅してきたあと、おりを見はからって、おばさんは、
「奥さん、※※ちゃん(←私)が可哀そうよ」
と、わざわざ、うちの母親に忠告しに来てくれたらしい。
なんだか不機嫌そうな表情で、口を少し歪めるようにしながら、そのことを話す母親から、私は、聞いて知ったのだが、
プライドが高い母親へ苦言をも辞さず、端的に伝えてくださっていたことに、思いがけない嬉しさ、有難さを感じた。
幼なじみの男子は、私と違って、非常な優等生だったが、気立ても優しく、やっぱり、おばさんに似たんだろうなと思う。
あの おばさんだけだったなあ。うちの親の言い訳とミエ混じりの主張では なく、私の悩みのほうを第一に真っ直ぐ重視し、私の気持ちに寄り添って、真剣に受けとめてくれたのは。
母親の、私に向けてくる、ほとんど呪いのようなコトバの数々や嘲笑は、幼い頃の私には不可解ながらも惨めな気分を感じさせられるものだったけれど、いまでは、あれは、母親自身が持ちたくても持ち得ない、ある種の「力」を、娘である私が生まれ持っていることに対する嫉妬だったのかなと察している。
なかなか、その意味が分からなかった。
だって、母親に呪われてるなんてねえ。。。![]()
いかに、本人自身が無自覚だったとは言え。
けれど、もし、もっと早く、自分が、まだ若い頃に気づいていたなら、
やはり、そうとうにショックだったかもなとは思う。
もともと、母親を信頼していたし、それに値すると信じきっていたし、
私は、母親を哀れみ、彼女の味方だったから。
そんなわけで、
「ママ友」事件の場合も、加害者は、何かとベッタリ貼り付いて、あれこれ指図や命令していたらしいので、恐らく、この加害者が、あたかも「貧困ビジネス」よろしく、デッチアゲで離婚を唆したことも併せて計画的に、『生活保護』を申請させるよう、仕向けていったのだろうし、
その後は、役所の担当者と面談するときなども、被害児側の母親本人は殆ど黙っていて、加害側の女ばかりが、ああだ こうだと口出しし、自分に つごう良く、思いどおりにするための要求を、役所の担当者にゴリ押ししていたんだろうと想像する。たぶん、うちの母親みたく凄まじい勢いで。
だいたい、『生活保護』に関して、いちいち、他人が同席して出しゃばり、あれこれ要求するのを認めておりながら、
親族が、子どもたちのことを心配して相談しようとするのを、「個人情報」云々を理由にシャットアウトなんて、本末転倒的に、おかしい。
『心愛ちゃん事件』のときも、あの父親が凄みまくって、役所の担当者がビビッた結果、子どもは酷いことになった。
だいたいのところ、ああいう感じなんだろうね、役所の事なかれ、公務員の小心さってのは。
おとなしい市民には、むやみと威丈高だったりする公務員も いるみたいだけどね。
だから、うちの過去エントリーでも指摘してきたように、昔から「暴力団」関係者の申請には言いなりで甘いというし、
もちろん、「高級外車に乗ってる!不正受給だ!!」なんて、そりゃ、そういうヤカラが乗ってるんでしょうよwさっさと通報しろよww
殆どは高齢、病身、(重度等級からは外れた)障碍で、普通には働けない場合の『生活保護』なのであるから、
自分だけは永遠に若く、病気にも障碍者にも、なるはずは ない!と固く信じているのか、
「働けるのに、、、!けしからん!不正受給だ!!」と決めつけるのは、あまりにもバカげたコメント代表の一つだよ。
または、年金にせよ給与にせよ、いちおう「ナショナル ミニマム」(←意味も知らんかヤフゴミんは 嗤)としての最低生活レベルにも届かないのであれば、届く程度までの補填も できる、それだけのこと。
でも、安倍政権時に、でたらめ方式でググーッと削減したのだから、年金だけでは足りない分を補填してもらおうかなあ、、、と思っても、せいぜい1万や2万円程度しか足してもらえないのであれば、その1万や2万円のために、「ナマポ!「ナマポ!」「怠け者!!」という罵りに耐え続けるのも、なんかアホらしいような。。。
だったら、苦しいけど、このまま死ぬまでガマンしとくかぁ、となる。でも、やっぱり、いつも苦しい。
ギスギスした気分になっていく。
病気や障碍のケースだと、まあ、精神方面の それが、たぶん、最も多いのだろうから、年齢や身体的には申し分なさそうなのに、なぜ働けないのだ?と勘繰られてしまう人も多いんだろう。
内部障碍全般に、誤解されやすいわよね、どうしても、これは。
で、通院や服薬とかが必要なケースも多いのだろうから、それ一つとっても、「ヤフゴミん」が毎度がなりたてるみたいな、「食物とか現物支給で!!」つったって、難しいのでしょ現実には。
何でも食べられるわけにいかない人も少なくないだろうからね。
それに、役所と業者との権益・癒着問題やらも起きてくるだろうな。
家も借りあげて?一ヵ所に集めて?集団生活させる?
無理。
かえって効率悪いでしょう。
それに、たとえば精神系の障碍の人だったら、誰とでも一つ屋根の下で穏かに仲良く生活していけるのか、ちと難しいんじゃないのかな?そのへん、私は よく知らないけども。
ましてや、ここへ、「暴力団」構成員の、ガラ悪い受給者が加わったとなったら、いったい どーなるんだろ??w
で。
病気や障碍を抱えている者は、罪人なの?
人権を奪われ、死ぬまで罵倒され続けなければ ならないほどの、重罪人なんですか??
答えてみろ、ヤフゴミ。
あ、そうか、
おまいらは、例の相模原『やまゆり事件』の虐殺犯人が崇拝対象なんだもんな(嗤)
ま、「ヤフゴミん」はヤフゴミんのアタマでしかない。
あさはかな思いつきや下劣なバッシング、「ネトウヨの主張」を叫びまくっても、
ケチな役所の視点で見てさえ、やるだけの意味や価値が ないから、やらない。それだけよ。
ところで、
私なんかは、そもそもから言ってきたとおりで、世間一般よりも10年近くは、インターネットに親しむのが遅れていたので、自分個人用のパソコンを手に入れてからも、しばらくのあいだは、『2ちゃんねる』などのサイトの存在も全く知らず、
ただ、インターネットには、私が想像もしていなかったほど深刻な問題点や情況が あることを、遅れに遅ればせながらも少しずつ気づき始めた。
やがて、
まさに、「ウヨ」「ネトウヨ」「ビジウヨ」の類が蔓延させた(差別・排除・拝金主義などを是とする)悪質な思想モドキのせいで、異様な風潮、雰囲気が、ネットから溢れ出て、いまや一般社会にまで蔓延し始めている、その発生地が、いったい、どこあたりなのかと、それは、たとえば、『2ちゃんねる』などが代表格なのだということを、だんだんと知るに至った。
私は、なぜか、インターネットに親しみ始めた初期の頃、『汚気・愚(OK・グー)』においては、とある俗物根性の会員からケンカをフッかけられて、「2ちゃんへ帰れ!」などと罵られ、面喰ったことが ある。
その頃は、業務上以外に、自分のプライベートで、パソコンやインターネットを使うことが なかったので、仕事で必要としないサイトなどについては一切、全くと言っていいほど無知で、『2ちゃんねる』?なにソレ??状態だったので。
さて、
どうも、愚かな中年女二人の「ママ友」コンビが繰り広げた醜悪きわまる特異事件が、またぞろ発覚したことに乗じて、これまたまたぞろ、『生活保護』バッシングを盛り返そうとて、「ヤフゴミ捨て場」のヤフゴミんどもが這い出してきたようだ。
しかも、まだまだ「コロナ禍」が続いていくであろう状況下で。
これだからね、
直接の被害者だけでなく、社会全体へ幾重にも広がっていく被害の輪を生じさせる、まことに罪深い存在、これは、犯罪者だけでは なく、失言、妄言などの短慮・軽率な過ちを犯した者も、この範疇に属する。
ものごとの道理も理解していない、民主主義国家としての制度や行政の基本的理念、ありかたの鉄則というものが、まったく分かっていないし、分かろうともしない、分かる努力を しないヤフゴミんども。
こんな連中に、たむろする場を提供して、ほんとうに、『ヤフージャパン』は、日本社会の劣化と荒みを促進しようとしているのか?との疑いを持ってしまうのは、
あの『2ちゃんねる(5ちゃんねる)』よりも、もっと程度が低く、下劣で、タチが悪い有害廃棄物捨て場、公害の みなもとになってしまっているからだよ。
まあ『2ちゃんねる』なんどは、魑魅魍魎の雑多な吐物が、うずたかくグロテスクに、びっしり積みあがって固まり、そこからタラタラと漏れ出ている汚水と悪臭ぷんぷんの、スラム街の廃棄物集積場みたいなものだから、言ってしまえば、わざわざ見に行く興味や、通い詰めて参加するほどの情熱もなければ、基本的には、あくまでも「われは関せず」のままでいられる。
実際、私も、かつて罵られてキョトンとしたように、『2ちゃん』などのサイトは利用したことが なく、どんな所なのかと試しに覗きに行ってみたものの、とくに関心も湧かなかったし、なんだか いやらしく淀んだ空気が充満しているような雰囲気で、見苦しさにゲンナリ気分しか残らなかった。
その点、
個人的に「勝手にヤットレや」で済まし切れないのが、『ヤフーコメント』、私に言わせれば「ヤフゴミ捨て場」だ。
なぜなら、
ここは、より多くの、幅広い層が閲覧しに来るであろう一般的なニュース記事に くっつけてあるから。
『ヤフコメ』はタチが悪いことの最大原因。
なんせ、一般ニュース記事に目を通すたび、『ヤフーコメント』もチラチラと視野に入ってくる。
腐れ政党(と言うより、もはや、本質は反社団体)や日本ビジウヨ会議の回し者であるヤフゴミどもが、つごうのいい記事に乗っかって煽りたて、つごうの悪い記事を叩きまくり、同時に、独りよがりな妄想やデマも垂れ流していく。
せめて、一般ニュース記事と くっつけてなければ、その分、ちょっとマシだったんじゃないかと。
きのうも、何件か、運営に通報した。ほとんどムダなんだろうけど。
ひたすら悪意と偏見に満ちたデマ投稿や、一般のあいだに誤解を招くようにと企まれた投稿は、社会的に有害なのだから、悪質ユーザーは追放するなり、繰り返す者にはペナルティを与えるなりしなければ いけない、もっと改善努力!
『ヤフージャパン』の社長や運営は、はたして、社会的責任というものを自覚してるのか?!と。
ほんと、汚いショウバイだわー。![]()
![]()
おまけに、広告スペースばっか、どんどん大きくしてさ。![]()
![]()
2021.03.09 (Tue)
『【最終】「ママ友」殺人事件を考察(&不倫について。)』に追加。
今回の、「ママ友」事件の場合、私を含めた多くの人が、
なんで ここまで無防備、、、と、
餓死させられた5歳児の母親にも、呆然とするんだけれど、
「考えられない、理解できない」
と言う人ほど、騙されるんだと説く人がチラホラ。
まあ、そういうことも言えるのだろう。
いわゆる「オレオレ詐欺」なんかに、あっさり引っ掛かる人は、ふだん、「自分だけは」「自分に限って」とか、そういうふうに信じ込んでいる典型なのかなとも思えるし。
ただ、
やっぱり、特に経済的に余裕のある人、概ねは、そこまで、いちおう平穏無事な人生を送ってこれたんだろうなと思う。
それゆえに、ウヌボレていることに無自覚だから、いざ、突発的トラブルが舞い込むと、慌てて走るんだろうと。
昨日あたり見かけたニュースだが、
またも、騙されて大金を渡してしまった被害者は、
他の被害者たちに共通して多いパターンとは少し異なっていて、
疎遠になっている家族や身内のトラブルと聞かされて、すわ!というのでは なく、同居している家族なのだという。
だったら、ほぼ毎日、顔見て話すなり、何らかの接触しているはずだろうにと、私は怪訝に思えたんだけど、これまた粗忽にも、当の家族自身に連絡して確認することもなく、右から左へ渡してしまったらしいのね。
疎遠になっている家族や身内だと、「ここぞ!」と、ある意味ハリキッて、助けを与えてやらねば、みたいな心理が はたらくそうなのだけれど、
同居している家族なのに、これはねえ。どういうことなの?って思った。
顔も合わさず、口も利かず、いま、どんな情況なのか知らない、食事も別の、家庭内別居なの??って。
私自身もね、生来、素直な気質ですよ、ええw
私を小バカにしてやまない親や叔母なんかでさえも、幼い頃、子どもの頃のアンタは、ほんとうに素直な良い子だったと、
毎日のように何かと罵ってくる母親ですら、
おまえは小さい頃、手のかからない、ラクな子だった、と言ってたくらいだよ。
もっとも、同時に、
長じるにつれ、可愛げ なくなった!優しくない!!
とクサすんだけどねw
私はね、相対する人をハナから疑いの心で見たりは しないし、基本的には好意的に、善意の側として対等な存在であろうという前提で向き合います。
なので、
どっちかと言えば、それこそ、今回の「ママ友」事件の、被害児の母親側に、わりと近いタイプなのかもしれない。
もちろん、情況や場合によるし、
すでに厭な思いを してきていたなら、その度合いに応じて、以後は警戒するし、信用する気は持たないよ。
それに、誰でも彼でも全面的に信用するわけじゃない。
女性は特に若い頃は、警戒する必要に迫られる場面が多いしね。
私も、性犯罪を含めた危険に、たびたび遭遇してきてるので、たとえば、いまどきの若い女の子たちが、ネットで漁った初対面のオジサンなんかとホイホイ待ち合わせてホテルへ なんて、生理的嫌悪感とかないの?微塵も警戒心ないの??とフシギなくらい不可解と思うけどね。
私の少女時代や若い頃は、オッサンなんて不潔!触るな!!って感覚だったしw
ただ、
私の場合、ある程度の期間や回数、接触してきた相手の言動や、私に向けてくる態度、発言などで、ヘンだなと気づく瞬間が、どこかで来る。
それが早ければ早いほどに、深刻な事態は避けられる。
もし、なかなか気づけない場合だったときは、どういうわけか、ほんとに危うい一歩手前で、ひょんなことから、思わぬ真相を垣間見せられるようなフシギな瞬間が ある。
その おかげで、
あの「ママ友」被害児の母親や、『結愛ちゃん』『心愛ちゃん』の母親らのように、最後の最後まで振り回されたりするといった大きな失敗は、したことが ない。
やはり、いかに早く気づいて、立ち上がり、動き始められるかに かかっていると思う。
大切なものを次から次へと失っていくたびに、そんなバカな、こんなはずない、と、現実から目を背けて、意地になってしまうだろうし。
私が、ほんとうに大失敗したと言えるのは、自分自身についてだ。
つまりは、母親からの被害。
なぜかと言うと、
母親だけは、なかなか、その本性を見抜くことは困難だったから。
やっと、その全貌と心底とを、だいたいのところ見抜けるようになったのは、母親の死後。
つまり、もう遅かったわけよ(苦笑)
母親こそは、親父なんか以上に「ペテン師」だった。
しかも、やっぱり、ちょっとも自覚しようとしなかった。
そんなわけで、
うちの母親はね、今回の「ママ友」事件で言うならば、支配していたという加害者のほうに近いタイプだ。
あるいは、他の事件でも、
被害者側が、その家族ごと、不可解なほど牛耳られていたというパターンでは、やけに押しの強い、その場の女王みたいな立場で支配していたという女が登場するよね。
まあ、そういうのに似てると言えなくもない。
母親本人が聞いたら激怒するだろうけどw
たとえばね、
母親の言いなりで、よりによって、聴力が必要な専門職養成校に通っていたものの、いずれ近づく就活で行き詰まることになるだろうと危惧した私は、『障害手帳』を、初めて申請しようとし始めた。
あの当時は、まだ、パソコンやインターネットは、少なくとも、一般に普及していない時代だったから、メール問い合わせや、検索して情報収集なんて、できない。
『手帳』申請するにも、定められている手続きの順序を踏んでいかないとならないんだけど、電話で聞いても聞き取れず、じゅうぶんな情報が乏しいから、ほとんど出たとこ勝負で動き始めるしかないと覚悟し、まずは、とにかく、きちんと検査してもらわなければと、母親に付き添ってもらい、ある大学病院へ出向いた。
私の聴覚障碍は、かなり異質で複雑な面が伴うので、検査も大変な思いを するハメになって、まじで涙を流しながら(強烈な痛みが伴うから)、やっと終えたんだけど、
その検査のときの数値を見た看護婦さんが、
「こんな状態で、いままで、よくガマンしてきたねえ」
と、驚きながら感心していた。
重度の貧血状態だったときも、
自覚していなかった私は、何か分かるかなあ?くらいの軽い気持ちで、献血しようとしたことが あったのだが、そのときも、看護婦さんに、
「しんどくないんですかあ?
」
と、驚いて言われ、献血してるどころじゃないです、すぐ病院へ、と断られたことが あった。
でさ、
その聴力検査のあと、
担当医師に向かって、うちの母親、どうしたと思う?
私には『手帳』不要なはずだと、
それを医者自身の口から言わせようと、
凄まじい勢いで、まくしたて始めたのだ。
医者は、びびったように気圧されていた。
私自身が、『手帳』取得の手続きについて、よく知らないままだったから、卒業後の就活に差しかかって、なんとか少しでもマトモな就職をと願っての最初の計画は、この時点で、母親によってペッチャンコに潰されてしまった。
お稽古ごと教室を運営していた母親には、ボランティア活動や福祉関係の知己も多かったので、その一人が、『手帳』を申請させておかないと、娘さん、今後たいへんだと思うよ、と忠告してくれていたと、このことは、母親が亡くなったあと、別の知人から聞いた。
母親は、不快そうな、複雑な表情で、ただ無言だったそうな。
ひとたび、自分の思いどおり狙いどおりに仕向けるためとあらば、即、「立て板に水」とばかり、まくしたてる、
その特徴的な、もの凄い勢いは、
過去エントリーでも触れておいたとおり、
専門家によれば、ある種の「精神異常」から来ているものらしい。
これも、母親関係の知人が、母が亡くなったあとに、ポロッと言ったことだが、
「(あなたの)おかあさんって、思い込んだら命がけ!って性格だったもんねえ」
と。
生前の母親は、親父の先妻との長女である義理の娘が『自己愛性人格障害』と診断されたことについて、
いかにも、あの性格だもの、そりゃ、あの子は そうだろう、
と、呆れ果てた口調で呟いていたが、
その母親自身も、間違いなく『自己愛性人格障害』あるいは『演技性人格障害』、また、『発達障害』も、「脳内異常」も備えていたわけでw
ずばり言うけど、
こういう親では、子どもは災難だ。
もっとも、親父と、その連れ子らにとっては大いにラッキーだったわけだけどさ。
自分の子よりも、自己承認欲求とミエを満たすほうが大事だから、親父らには、文字どおりの命がけと、意地で尽くしたんだと思う。
ただ、それも、私が辛うじて生まれ落ちたからこそであって、
ダブル不倫の母親自身には、当時、まだ他人の亭主だった親父と一緒になれる保証なんか なかったのだから、自分の腹のなかで死にかけている胎児だった私を理由にして詰め寄るしかなかった。
要するに、おなかの子をダシにしたわけ(嗤)
その話のときも、「父親の いない子にしては ならんと、あんたのために」と言い張ってたw
(誰も頼んでない!!w産んでくれるな、おっかさんww)
で、
当時の親父の女房も、もうすぐ、あかんぼ生まれますわ~てな腹ぼてを突き出してる最中だったとな(嗤)ダブル不倫のダブル妊娠(嗤(嗤)
【続く】
2021.03.08 (Mon)
『【続・続】「ママ友」殺人事件を考察(&不倫について。)』の続き。
たしかに、多少、意地の悪い面も、あった。
非常に、気が強い性格だっただけに、どちらかと言えば、うちの母親は、「いじめっ子」タイプに近かったと、娘の私でも思う。
これまた、当の母親自身は自覚していなかったのだろうけれど。
しかし、もちろん、良い面も あったわけよ。
たいがいは、ほとんどの人が、比率の違いは あれど、両面を持っているだろう。
だからこそ、事態が縺れ、膠着していきがちになる原因なのだ。
要は、どちらのほうが大きいのかってことです。
極端な言いかたを すれば、
どうでもいいような、こまかいところに長所を持っていたとしても、
それ以上の欠点や悪いところが大き過ぎたら、そんなもん、ガマンならんでしょw
たとえば、カネの計算には敏くて正確な、良く回るアタマでも、
誰かの人生を狡猾に利用し、妨害して潰して悦ぶような者を受け入れられますか?ってことよ。
うちの母親は、幼い私に向かって、いつも、
「おまえまでが言うことを聞かなかったら、おかあさんは、隠してある毒を飲んで死ぬからね」
「おまえなんか放って、この家から出ていくよ」
と脅してきた。
親父と諍いするたびに、私を横目に、
「この子には、あんたしか おらんのやからね」
と、おのれの亭主に向かって凄んでいた。
幼かった私には、その意味が理解しにくかったのだけれど、
要するに、いざとなったら、私をサッサと捨てて、親父に押し付けることだって辞さないぞ、という恫喝よねw
暴力親父と、意地の悪い腹違いの姉や兄らと、この家に置いてきぼりにされてしまったら、、、![]()
と思っただけで、怖ろしくて泣けたもんです、あの頃の私は。
どうやったら、他の人たちと同じように、正しく発音できるのだろうかと、鏡に向かって一人、練習していた、子どもの頃の私。
小学生時分、授業か何かのときに、担任教師から、「尊敬する人」を挙げなさいということで、そのときの自分が、誰を挙げたかは忘れてしまったが、そのことを、帰宅してから、母親に話したことが あった。
すると、母親は、
「おまえは、どうして、『尊敬する人は、おかあさんです』と言わなかったのか!」
と、
恐い顔して言ってきたので、ただ困惑し、自分が悪かったような気持ちになって黙ってしまったことを、いまでも憶えている。
うちの親らは、子の障碍についての責任や、それに伴う悪影響が あり得る子の将来を真剣に考えようとは一切しなかったが、まず、その点が、私にとっては致命的だったし、
また、年がら年じゅう争いごとの多い家で、凄まじい暴力や暴言、怒号が飛び交う状態だったし、
何よりも、母親が、父親に殺されるのでは ないかという恐怖に苛まれながらという状態が、幼児期から、成人して、家を出る頃まで、いや、もっと言うと、家を出たあとも続いていたということは、いまだに、思い出すと、フラッシュバックを起こしそうになるくらい、忌まわしい記憶だ。
それでもね、
基本的な食事や睡眠を妨害されるということまでは なかったよ。
むしろ、夏場になると、食欲を なくしがちだった子ども時代は、食べないと不審がって、しつこいくらい勧めてきたし、
夜更かししてると、早く寝ろ!と煩かった。
だが、
親父のほうは、
こまかい(細か過ぎる)ルールを設定したがるという性質が、隙あらば、のさばろうとしていた。
これは、あの『結愛ちゃん事件』や『心愛ちゃん事件』なども含めた、虐待する父親と同じ傾向だ。
一歩でも違っていたら、たちまち噴出して歯止めが かからなかったかも しれない。特に、親父のほうは。
実際には、
うちは、新聞沙汰になるところまでは辛うじて、いかなかった。
要は、程度問題なのだ。
程度如何に過ぎない。
犯罪を起こさずに済んだということは、まことに、自他共にとって、幸いなことだ。
しかし、
うちの母親も父親も、世間を騒がせた虐待親らと共通した基本的性質を、まぎれもなく持っていたのである。
日本では、最近も指摘されている「夫婦別姓選択問題」でも現れているように、とにかく、政治権力と役所は、統一と管理が大好きだ。
まあ、こんにちでは、腐れた『自民党』と、そのシンパ勢力(『日本会議』等)が中心になっているわけだが。
校則などのルールも、不必要で無意味なまでに細かい傾向が あるよね。
これらは、日本の公共や国民性全体に、「虐待親」的性質を持っているということかもしれない。
そして、子どもや若者は、伸びにくい。
がんばって伸びようとする姿にも、どこか悲愴で痛々しさが滲み出る。
やたら口が上手い。
みょうに押しが強い。
何かと恩着せがましい。
むなしいプライド、しょうもないミエ。
これも、少なからぬ人が経験しているようだが、
「(誰それ)が、あんたのことを、こう(悪口)言ってたよ」
と、コッソリ告げてくる者は、たしかに、性格が よろしくないという指摘は、ほぼ間違いなく当たっていると、私も思う。
私の家族内や幼なじみといった周囲にも、このとおりの者が一人ならず居たから。
そして、
そういう人は、「誰それ」ではなく、ご注進しに来た当の、まさに本人自身が、とんでもない悪口を、陰で言いふらしていたりするのである。
なおかつ、
たいがいは、裏で引っ掻き回し・根回し工作にも励んでいたりする。
「『あんたのために』というコトバは、いついかなるときも美しくない」
(by大島弓子氏)
思えば、
「あんたのため」というコトバも、うちの母親の口癖の一つだった。
そして、
「『悪いようには せんから』と言う人は、必ず、悪いようにするものだ」
(bySchneewittchen)
2021.03.08 (Mon)
『【続】「ママ友」殺人事件を考察(&不倫について。)』の続き。
ところでさ、
今回の被害児の母親の髪。なんか、いやにキレイにしてるよね。
撮影画像を見たかぎりでは、わりと最近、美容室でカットしてもらいましたって感じに整ってる。
まさか、自分の美容室代は確保してあったわけか?
まさかまさか、
そんな余裕あったら、子どもに少しでもコッソリ食べさせるよね??
まあ、とにかく、今回の事件も、ひときわ不審な点が多い、多過ぎる。
加害側のみならず、被害児の母親にもだ。
特異的な心理の流れも含め、徹底的に調査しないとだ。
さて、
いわゆる「おデブ」にも二種類あってさ。
単に食生活の だらしなさだけが原因では なくて、生まれつきの体質や、持病、服薬の影響から来ている場合も ある。
うちの母親は、ほんとうは、特に妊娠すると危険な症状が出やすい体質なので、妊娠・出産を、医者に止められていたとか聞いたような記憶が ある。
生まれつきの肥満体では なく、結婚するまでは、いたってスマートだったのだが、自分で言ってたように、姉や私を妊娠・出産するたびに肥っていった。
単に食べ過ぎるから肥っただけ、とは言い切れない。
たしかに、「脳の食欲中枢が破壊されてるから」とも、自分で言っていたしw
大阪の女らしく、肥りやすい「粉もん」などが大好物だったが、大喰らいかどうかと言うと、私のほうが、よっぽど大喰らいかもしれないw
それでも、特に首筋などは、大いに肥ってしまってからも、全体の体格に比べると、若い頃のままに近く、スッキリ細めで、しかも撫で肩のせいか、一般にイメージされるような肥満体型とは、なんとなく異なっており、友人・知人や会った人たちからは、「肥ってるのに、スタイルが良い」「かっこよく肥ってる」、珍しいと感心されていた。
けれど、その反面では、「怖い」という第一印象を持たれやすい、
というボヤキも、私は、よく聞かされた。
やっぱり、カンロクが あるのよね。
人相も、じつに御立派だったし、内面も、気が強いというか、気性が激しい性格だったし。
でもね、むしろ、他人さんには愛想良く丁重で、べつだん争い事もないのに、殊更えらそうなことは言わないし、腰が低いほうだったよ。
困っているとか相談されたら、可能なかぎり親切に対応してあげてたし。
たださ、やっぱりと言うか、「教祖」タイプだとも指摘されてたなw
娘である私自身は、一見の全体的には、父親に似たのか、もともと、たくさん食べても、あまり肥らないタイプで、若い頃は、すらりとしているほうだったが、首の細さや撫で肩であるところなどは、明らかに母親由来の面も混合している。
父親と先妻のあいだに生まれた長女(腹違いの姉)も、これも、年齢とともにブクブクになっていったクチだが、
母親の話では、
この姉が学生時代、登校前の朝食の食パンに塗る、スティック型バター(いまでは、あまり見かけないかもしれないけど、普通の大きさのバター半分くらいが1本のサイズだったと思う)が、この姉に かかると、まるまる1本を、朝食のたびに一人で全部、消費していたくらいだから、そりゃあ、あれじゃ肥るわな、と言っていた。
注意しても、頑として聞かなかったらしい。
そして、結婚・出産後、ダンナと出会った職場である商社勤めを辞めたくなかったのに、会社からの圧力で退職せざるを得なくなった、
と聞いた記憶も あるのだが、
やがて、ご近所にも迷惑を かけるほどの異常行動を起こし始め、ついに精神科で、『自己愛性人格障害』という診断を下された、
ということを、私は子ども時分に聞いている。
いよいよ肥満の度合を極めていった、この義姉だが、
親父の話では、あれは、服用している精神科の薬のせいもあるんだよ、とのことだった。
まあ、体質的に肥りやすかったのも確かだろう。
もともと、度を越して僻みっぽく、常に「被害意識」に とり付かれたような気質・性格だ。
で、内面の異常、異様さが、単に体型のみならず、雰囲気全体にも滲み出ているほどになってしまっても、なぜか、おカネの計算だけは、異常に敏い。
と言うか、
ぜったいに、損してなるものか!という執念さえ感じさせるほど、
ゼニカネ、損得勘定に細かい。
しかも、悪いことも平気で やる。
亡兄(義姉の弟)が、私の母親の尽力によって、教職公務員として就職して得るようになった高報酬から、
「こっちで貯金しておいてあげる!わたしに預けなさい!」
という名目で、ほとんど強引に、延々と、弟(腹違いの兄)から取りあげておいて、
結局は、いっこうに返してくれない、と、義兄(義姉の弟)は、私の母親に泣きついていたことも ある。
腹違い姉が、異様に、おカネに こまかく、しかも、汚いくらいケチなのは、間違いなく、私らの親父に似たのだろうw
でも、同じ父親なのに、私とは似ても似つかぬタイプだ。体型も、性格も。
ただ、
肥満体型ってのは、だいたいの場合、どっしり堂々としているように見えるし、内面的にも、おおらかで、包容力があるように思わせられるのよね、なんとなく。
ちょうど、美女や美男が、内面も美しいのだろうという、ほぼ自動的錯覚を持たれやすいのと同じくで。
そりゃ、スマート体型の人なら全員が善人なわけじゃないし(笑)
でも、
そう言えば、むかし、『さびしい女は肥る』とかいう題名の本が出て、ちょっとしたブームを呼んでいたようだが、
自分に甘い、言わば「刹那主義」的に甘やかすから、食生活の自己管理からして、だらしないのだという面は、ただ、内面に病んでいる面が多かれ少なかれ あるゆえに、その食生活の ありようとも重なってくるのだろうか。
満たされぬ「飢餓感」のようなものを常に抱えているために、食への執着と同様、
「埋めることが できそう」
と確信した対象を見つけると俄然、脇目も振らずに突進していく印象を、私は、母親を始めとした周囲の肥満体型の人たちには持っている。
平均レベルの人なら、あまり自信が持てない場合は、およそ他者に対して、口いっぱいに、えらそうなことを言ったり、何かと指図したりすることは控えておくものだろうけれど、
支配し尽そうとするタイプは、そのような面を、事情や経緯を知らない者が傍から見ると、いかにも情熱的で、一心不乱に目的へ邁進する頑張り屋というか、とにかく、根性ある人のようにも見えてしまう。
が、
それは、「下心」が貼り付いている目的であり、強烈な支配欲なのだ。
「尽くす女」タイプの、心底の支配欲と共通しているようにも思う。
要するに、「負けが込む」と、少しでも取り返さないうちは、と、抜け出せなくなっていく。
そもそも、支配欲が強いということの根っこに、強烈な傲慢さと背中合わせの「満たされなさ」「飢餓感」「不安感」「自信のなさ」といった、表面からは窺い知れない面が潜んでいる。
世間では、どっちかと言うと、たとえば「ガラが悪いように見えるが、意外と良い人だった」というイメージで、「見かけによらず」と言うようだけれど、
これは、逆に、
「立派な、あるいは善良な人物に見えていたのに、意外な悪人だった」という意味でも使えるよね。
ただ、
「見ためが」「やっぱり見ためが」
と言えども、やはり、表面的な雰囲気や外見とイコールの内面性であるとは限らないのも、往々にして現実の一面では ある。
このことは、忘れては いけない。
結局、「よる」ことも あれば、「よらない」ことも あるわけだ。
それでも、まあ、私の経験や実感としては、
眼つきを見たら、どうにも「邪ま」な印象を持ってしまう人は いるものだし、
ふだんは、そんなふうに感じていなくても、どうかした瞬間、こちらの心のなかで「あっ
」と声を あげてしまうような、底意地の悪い眼つきをギラッと垣間見せる人も いた。
底意地、意地悪いという面で、人相的なことで言うならば、
たとえば、口を、いわゆる「への字」に曲げて話す癖とか、笑っていても、どうしても口角が下がっている人というのは、あまり、性格が良くない、という。
このことを、うちの母親も、何度か指摘していたのを憶えているのだが、
しかし、母親自身、しばしば「への字」に曲げて、しゃべることも多かったのだが、本人には自覚が なかったらしいw
【続く】
2021.03.08 (Mon)
『「ママ友」殺人事件を考察(&不倫について。)』の続き。
本題に戻ろう。
真逆、互いに正反対のタイプでありながら、この事件で二人の女の共通点は、まさに、非常識きわまるバカ母ってこと。
自分の子を餓死させてしまったあとも まだ、加害者の言いなりになっていたという母親にも、言ったら わるいかもしれないけど、ほとほと呆れてしまう。
そりゃね、
どこぞの『心理学』専門家という人が言ってるそうだが(記事の内容までは閲覧してない)、根っから「善人」であるならば、自分自身が、何の悪事に染まったことも行なったこともない、もともと、そんな欲求が薄い、そういう性質・性格なのだから、悪いことを積極的に画策し、実行にまで及ぶ人間のことを理解しにくいのはアタリマエ。
次は、どんな手を繰り出してくるかという凶悪ぶりの予想すら つかないだろう。
なぜなら、自分自身のなかに、こうした要素が乏しいからだ。
だから、「赤子の手を ひねる」が如く、簡単に騙され、振り回されてしまう。
しかし、こういうのを「賢い」とは言えないと思うよ。
ほんとうに「賢い」親なら、子を窮地に、死に追いやることが見えているのに、ただ ひたすら、その方向へドンドン進んで行ってしまうだろうか?
旧ブログや過去エントリーでも述べたように、
身近な犬や猫などの母親を見てたら分かるけど、概ね、オスよりもメスのほうが利口であり、警戒心も高い傾向だ。やはり、子を守るためだろう。
人間に付き従おうとするときでも、ある意味では、われわれ人間以上に、対象を敏く見抜き、選び分けているのが窺える。
特に、子育て最中の雌は、短いながら、ある程度なりの「スパン」という視点を持ちつつ、子育てしているのが分かる。
シンプルな例を挙げれば、
何かの撮影動画で見たんだけど、研究施設で飼育されていたチンパンジーの母親などは、幼い子猿が、高所に登ると、そのたびに、いちいち掴まえては、安全な床に下ろすということを繰り返していたが、子猿は、片時も、おとなしくしていないので、また登る。
しまいに、母猿はヒステリックに叫んでいた。
まだ幼い子猿には、自力のみで落ちないようにする能力が未熟なので、たちまち落下する危険が高いことを予測し、危ぶんでいるからだろう。
ことに人間の世界では、性質・性格のタイプも成育歴も様々で、なかには、それこそ常識や良識では到底、考えられないほどの悪意を持って、他者を陥れることを躊躇しない者も存在している、それが現実。
ましてや、子どもを無事に生育させるためには、あらゆる危険性を予測し、守らなければ ならないのが、親の仕事。
どんなことが あろうと、まずは食べさせる、という行為は、犬や猫でも やっている「親業」の初歩も初歩だ。
そうじゃないですかね?世の親御さんたち。
どんな動物だって、基本的に やっていることであり、
しかも、オスを頼ったり、アテにせず、自分だけで育てる雌が多い。
なにが悲しくって、あかの他人に、自分の所帯のなかへ土足でズカズカ踏みこまれるのを許せるんだか。
そこからして、もともとフニャフニャでグチャグチャな気質の、
しかも、そうとうに狭い範囲で生きてきた世間知らずな女なのかな、とも思う。
それに、
「完璧・完全な悪人は いない」という主張も ある以上は、
「完璧・完全な善人」だって いやしないだろう。
今回の事件で、被害児の側の母親も、けっして「完璧・完全な善人」などでは なかったはずだ。
少なくとも、まずは最も信頼を置けるはずの夫、それも、自分を裏切った事実も なかった夫に、易々と疑いを向けていたのだから。
浮気でも何でも、こんなことを やられているんじゃないか、自分は知らないうちに裏切られているんじゃないか?という疑心を持つ者は、そもそも自分自身が、そのようなことを やりかねない恐れを、無自覚なまま秘めているからだ、という見解もある。
これは、『結愛ちゃん事件』や『心愛ちゃん事件』また、『東住吉事件』の母親らに対しても そうだが、今回の事件の母親も含め、私個人は、彼女たちに同情は できない。
生来の性質・性格からして、まさに「母親失格」なのでないかとハッキリ言わせてもらう。
どう見ても、子より自分のほうが可愛い人たちに思えるし、ただ、それは それで、何もフシギなことでは ないのだろう。
『東住吉事件』の母親などは、じつに痛ましい最後となった娘と、母親である自分の思いや考えは、子の死後となってさえも一致しているものと固く信じていることを大っぴらにしているようだが、それは結局、娘を自分の一部とか分身と見做している以上に、
自分の「所有物」というに近いゆえの妄想だ。
亡くなってしまったことで、娘は、ますます、母親の つごうの良い存在、架空に等しい存在にさせられている。
そのことについて、この母親自身が、終始、独り善がり、無自覚、無関心なのだろう。
幼い娘が、自分の男に、何を やられていたか全く気づきもしなかった、ということと同じく。
それにしても、今回、発覚した事件の、子を死なせてしまった母親。
単なる友人のほうを信用していたってんでしょ?自分の夫よりも。
そして、自分の子どもの命よりも、他人の言うことを最後の最後まで優先した。
まだ離婚していない頃、結婚していたときに、うかうかと関わってしまった「ママ友」、この女に、子どものことで、いろんなトラブル話を でっちあげられ、それを解決するためにと、また騙され、たちまち取り込まれてしまったという経緯だそうだけど、
なぜ、まずは夫に相談しなかったんだろうか。そこが、まず不可解。
それに、
「子どもが砂を投げ」云々といったトラブル捏造話にしても、実際の状況は どうだったのか、子ども本人に問いただすなり、現場の幼稚園や学校の先生に確認しなかったのか?
『児相』は、またぞろ、理由にもならないヘリクツを理由にして言い訳していたようだが、
この母親は、親族も真剣に心配していて、『児相』への相談を何度も繰り返したという。
つまり、
実際は、「孤立」状態にまで陥っていたわけでも全然、なかったということだ。
手は差し伸べられていた。
それを撥ねつけて、
偽りの「ママ友」の手に、わざわざ縋りついた。
親身の声を無視し まともな関係者たちとの かかわりよりも、あかの他人が悪意を持って吐き続ける荒唐無稽な嘘話のほうに全面的に靡いていたのだから、自業自得としか思えない。
もっと あるよ。
たとえば、
実際は、まったく無関係だったそうなのに、「ヤクザを使って解決できる」とされ、勝手に「ボス」と呼ばわれている(あの「カルト連」おババみたい嗤)「ママ友」の一人に、私だったら、それこそ「常識」として、
「このたびは、うちの子どものことで、、、」
お世話になり、ご迷惑かけましてと、間髪入れずに謝罪と礼に駆けつけると思う、菓子折りでも持って。
すれば、先方も、
「え?何の話ですか??」
ってことで、いっぺんに真相がバレるじゃないか。
それも できなかったんだろうか??このマヌケな母親は。
はっきり言っちゃって悪いけども。
すでに、上の二人の子どもは小学生なので、
少なくとも、そこまでの子育て経験してきてるわけだ。
それぞれの年齢において、どれだけの食事を与え、栄養を配慮しないと いけないか。
自分の子が、水しか与えられずに、どんどん痩せ細って、平気でいられるのか?親が。
私は、子を持ったことが ないけど、ほんとうに、信じ難い。
水だけで10日間って、健康で体力ある成人でも無理でしょう。
虚弱な私なんか、1週間でも全く無理。確実に死ぬ。
母親自身も、なにしろ食事が ままならず、栄養不足で、もはや心身とも回らなくなってしまっていたのかもしれないが、
『結愛ちゃん事件』や『心愛ちゃん事件』についても言えるのは、
もう、これ以上、このままでは危険だということは、さすがに気づいていたはずなのだから、ここまでの極限に陥る前に、必死で気を取り直し、母親として動かないと いけなかったんだけどね。
どれだけ早く気づけるかがカギだ。
少なくとも、飲まず食わず、眠らせない虐待でトコトン痛めつけられていた幼い子どもよりは、母親のほうは、もう少し飲んで食べていて、身動きできたはずなんだ。
考えられない。こんなボンクラが、ポコポコと3人も産んで。
【続く】